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『魔笛』キャストインタビュー

森谷真理・鈴木 准

  • 文=山野雄大/写真=若林良次
森谷真理

 日本のオペラ界に新鮮な刺激を与え続ける宮本亜門、その新演出『魔笛』がオーストリア・リンツ州立劇場との共同制作で登場する。既に2013年9月にリンツで世界初演がおこなわれ大好評を博した。このリンツ公演で‘夜の女王’を歌い「自由自在」「センセーショナル!」と手放しで絶賛された森谷真理が、東京二期会による2015年7月の日本公演でも歌う。
 欧米で目覚ましい活躍をみせてきた森谷、「『魔笛』はリンツをはじめメトロポリタン歌劇場など10のプロダクションに出演してきました。公演数はそれぞれ数回から数十回までさまざまですが……リンツの亜門さん演出も既に30回近く歌い、今シーズンも出演しています」と経験豊富だ。
「モーツァルトは、アプローチの仕方で色が変わってくる面白い作曲家。決して美しく歌うのが簡単な作曲家ではありませんが、ひとフレーズごとに宝物のように輝くメロディがあって、歌っていて本当に心地よい。どの役を演じても、メロディもお芝居もアンサンブルも本当に楽しくて、歌い終えたあとには深い充足感が残ります。哀しみのどん底で落ち込むような場面から喜びの極致まで、音楽から溢れ出す感情も幅広いのがモーツァルト。その中で‘夜の女王’はちょっと特殊な役でもあると思います」
 出番が限られるにも関わらず『魔笛』でも特に鮮烈な印象を残す、大事な役だ。
「おそらくリハーサル中、公演中、誰よりもオペラを長く聴いている役なのではないかと思います。出番よりメイクの時間のほうが長いくらい(笑)。稽古でも本番でも‘待つのが仕事’というところもあります。ところが、モーツァルトは何回聴いていても飽きませんし、歌手も指揮者も日々違った解釈をみせて、それに毎回感動してしまう。……さらに、亜門さんの演出では‘夜の女王’も演(や)ることが多いので出演していて本当に楽しいです!あまり詳細は言えませんので観てのお楽しみですが、リンツでの上演では同僚に『ほんと嬉しそうにやってるねぇ!』と言われました(笑)」
 どんなことをするのか訊いて、思わず驚きながら笑ってしまったのだが、これはやはり内緒がいいだろう。「これほど階段を昇り降りする『魔笛』もなかった」と笑う森谷だが、もちろん演ることはもっとインパクト鮮烈。ぜひご覧いただきたい。
「‘夜の女王’の出番は、合計三回、そのうちアリアが二回ですし、台詞が多いわけでもない。ところが、彼女の性格づけは演出のコンセプトと関わることが多いですね。演ろうと思えば様々なアプローチが可能な役ですから、いつも演出家の方とよく話し合って役作りを固めていきます。演出によっては魔女のように激しい悪の表現もあれば、母として娘への愛情を出してゆくものもあり、時には涙を誘うような存在であったりもします」
 数々の『魔笛』演出で‘夜の女王’を演じてきた森谷、「意外とフットワークが軽い女王、という印象を受けることが多いですね。女王といえば、侍女など周りの人に動いてもらう立場なのが普通ですが、『魔笛』では待ち切れなくて自ら敵地に出向いていったりと、自分から行動することが多い。ですから、舞台上で動き回る演出もあったり、逆に、敢えてセットの中で一歩も動かないで歌う演出もあったり‘夜の女王’の位置づけは本当にいろいろ」
 その中で宮本亜門演出は‘夜の女王’の位置づけから演技から、その着想は奇想天外、『魔笛』に通じた方も思わず膝を叩くアイディアだ。指揮は、リンツ州立劇場の音楽総監督として初演も振ったデニス・ラッセル・デイヴィス。「とても気さくな方で、どんな質問にもすぐお答えくださるし、ピットのマエストロの暖かい笑顔には何時も励まされます」と何十回も共演を重ねてきた森谷。東京公演も楽しみにお待ちしよう。

森谷真理(もりや まり) ソプラノ
小山市出身。武蔵野音楽大学、同大学院修了後、ニューヨーク ・マネス 音楽院でプロフェッショナル・スタディを修了。国際コンクールで受賞歴多数。メトロポリタン・オペラでJ.レヴァイン指揮『魔笛』夜の女王に抜擢され、大きな注目を集める。以降同役に加え『ルチア』タイトルロール、『トゥーランドット』リュー、『ナクソス島のアリアドネ』ツェルビネッタ等で、ウィーン・フォルクスオーパー、スコティッシュ・オペラ、シアトル・オペラ等々欧米の主要歌劇場で活躍。リンツ州立劇場の専属歌手として、『ラクメ』『マリア・ストゥアルダ』タイトルロール、『バラの騎士』ゾフィー、『リゴレット』ジルダ等に出演。デニス・ラッセル・デイヴィス指揮、宮本亜門演出『魔笛』夜の女王で大成功を収める。オーストリア・リンツ在住。
二期会会員

鈴木 准

2006年の宮本亜門演出『コジ・ファン・トゥッテ』フェランドで鮮烈なデビューを飾った鈴木准。その後も古典から現代作品まで、オペラ界の明日を拓くプリモ・テノールとして活躍めざましい。なかでも『魔笛』は、王子タミーノで数々の舞台を凛々しく光らせてきた作品。兵庫県立芸術文化センターでの佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ(2007年)をはじめ、日生劇場開場45周年記念公演(08年)、そして実相寺昭雄演出の再演となった東京二期会公演(10年)などでも歌い賞賛を集めて来た。─そして東京二期会とリンツ州立劇場の共同制作による『魔笛』、鬼才・宮本亜門のオペラ演出ヨーロッパ・デビューともなった新演出で、鈴木タミーノがさらなる境地へ。
「『魔笛』は芸大の学部生の頃……とにかく歌が歌いたい!と思っていただけでオペラのことを何も知らなかった頃、合唱で出演させていただいたのを最初に、さまざまな役で多くの舞台に出させていただきました」と鈴木。
 北星学園大学を経て就職、しかし音楽への熱い想い断ち難く芸大へ入学……と並ならぬ努力を重ねてつかんだオペラ歌手としての成功。その彼が芸大時代から毎年のように何らかのプロダクションに参加してきたのが『魔笛』だという。
「小澤征爾さんが指揮されたヘネシー・オペラの『魔笛』で、パミーナのバーバラ・ボニーさんが舞台裏で歌うシーンがあって、僕はすぐ横でその声を聞いた。もう『うわあぁぁ!』と感動しましたね……」
 さまざまな演出を楽しめる『魔笛』の深みは、演出家の想像力を刺激するような謎めいた深みをもつ台本に拠るところもあるけれど、鈴木も「そもそもタミーノとは何者なのか……‘日本の狩衣を着た若者’という設定のこの若者も謎ですよね」と頷く。「演出によって違いますが‘タミーノ自身が気付かないうちに歩いている方向が変わる’ところはあります。彼は弁者との対話のなかで悩みはしますが、あとは立場が途中で変わるものの、本人としてはブレてはいけない」
 彷徨い、見出し、求め歩いてゆく王子タミーノの存在感は、いかなる『魔笛』演出であれ、繊細な歌唱と演技とで舞台の世界観を深めてゆく。その意味でも、歌手の優れた力量を堪能できる役とも言える。
「兵庫県立芸術文化センターの『魔笛』で歌わせていただいたとき、演出のエマニュエル・バステさんがタミーノの最初のアリアから『オペラ歌手みたいに歌わないで』と仰ったのは印象的でしたね。『これはあなたの心の中の変化なのだから、皆に宣言する必要はないのよ』と。音楽との兼ね合いもあるので表現としては難しいのですが、『これが恋なんだぁ!』と歌うのか『これが恋なのか……』とかみしめるように歌うのか、僕は大声で勝負するタイプではないですし、後者にとても納得がいったのを覚えています。テンションは高く、しかし繊細に歌わなければいけない……となると、追われて登場する最初のシーンも、パニックの中でもどこか冷静に歌うなど崩れすぎてはいけない。─このタミーノという役には、‘何もしないけれど芯は通っている’役作り、という難しさがあると思うんです。歌はもちろん、立ち姿ひとつにもタミーノの意志を表現することの大切さがあります」
 今回の新演出も「とても楽しみですね!モーツァルトは最近、古楽からの新鮮なアプローチも含めて演出でもたくさんの解釈がありますし、どんな舞台になるか……自分としても、現代作品などさまざまな挑戦をする中でモーツァルトは‘基準’。この機会をいただけて本当にありがたいと感謝しています。‥‥それにしても、タミーノを歌っていると、パミーナとの素敵なデュエットが無いのは悔しいですねぇ。パパゲーノとあんなに素敵なシーンがあるのに!(笑)」
 強い意欲を繊細な美声に満たした舞台、期待も高まる。

鈴木 准(すずき じゅん) テノール
青森県生まれ、北海道出身。東京芸術大学卒業。同大学院修士課程修了後、音楽博士学位取得。『コジ・ファン・トゥッテ』フェランドで二期会デビュー、『魔笛』タミーノは東京二期会、兵庫芸術文化センター、日生劇場等で当り役となる。'12年ブリテン『カーリュー・リヴァー』狂女をロンドンとオーフォードの教会で演じ国際的評価を得た。新国立劇場『沈黙』モキチ、『鹿鳴館』久雄、兵庫県芸術文化センター『セビリャの理髪師』アルマヴィーヴァ伯爵等に続き、今年3月びわ湖ホール『死の都』パウル役で新境地を開いた。バッハ・コレギウム・ジャパン「マタイ受難曲」「ヨハネ受難曲」等の国内外の公演・録音に多数参加、読響・カンブルラン指揮モーツァルト「レクイエム」なども高く評価される。
二期会会員



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