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『リゴレット』キャストインタビュー

古橋郷平・新垣有希子

  • 文=山口眞子

衣装協力:KENT & CURWEN | 株式会社レナウン

古橋郷平

『チャールダーシュの女王』で二期会デビューを果す古橋郷平。確かな技巧に裏打ちされた輝かしい歌声と187センチの長身が舞台映えし、「大型新人」と話題だ。そんな彼はキリリとした容姿で、話す言葉は大阪弁、かつてはガテン系だったというユニークな存在だ。
「僕は庶民派です。イタリア留学から帰国し、生計を立てるために建築現場で働いたんですが、体を動かすことが好きで、楽しかったですよ。重い物を運ぶ時は重心が決まるし、歌にとても役立ったのです」。
 大阪出身の古橋は声楽家の父とピアニストの母という環境で育ったが、スポーツが好きで、進路は体育か音楽かで迷った。
「結局、沖縄県立芸術大学声楽科に進みましたが、ポップスもええし。クラシックは音楽の基礎やから、くらいの気持ちでした」。
 ところが友人が貸してくれたLD『トゥーランドット』を観て、一気にオペラ開眼。
「父への反発もあってか、オペラは何や気持ち悪いし、と思ってた。でも周囲には中学からオペラが大好きだという友人がいて“オペラ観たことないねん”と正直に言うと“初心者やったら絶対これ”と薦めてくれたのが、レヴァイン指揮のメトロポリタンオペラ、超豪華版。“オペラってかっこええ!”と思いました」。
 その後、ボローニャ国立音楽院に留学し、ボローニャ市立歌劇場での舞台に出演するなどして頭角を現すことになる。
「まさかあの世界的な劇場の舞台に立てるとは思ってもいませんでした。“やったるで”という大阪人の血が騒ぎましたね」。
 2008年にはトスティ歌曲国際コンクールイタリア本選で3位、聴衆賞も受賞。
「実はイタリアで環境の変化もあってか、一時声が出なくなりました。これは発声の考え方を変える必要があると思い至り、喉がつぶれてもいいくらいの気持ちで、懸命に練習した。それが良い結果に結びついたと思います」。
 その後、第79回日本音楽コンクールの歌曲部門、第80回のオペラ部門に入選する。
「あの結果は悔いが残る。帰国後、一番の理解者だった祖父が亡くなり、色々と重なった時期で、スランプに陥ってしまったんです。歌えなくなり、何とかしなくてはと音コンに臨みましたが、出場したからには優勝しなくてはならない。こう見えて僕は真面目で、プライドが高いんです(笑)」。
 「男だから、強い者に憧れる」と言うが、一方でとても繊細なのだ。苦労もした。こうして、今年の『チャールダーシュの女王』では優柔不断な青年貴族エドウィン、来年2月の『リゴレット』では女たらしの快楽主義者マントヴァ公爵と、両極端の性格の男性を演じる。
「オペレッタは歌って踊ってと大変ですが、準備をしっかりして、今ある実力を発揮したい。『リゴレット』は、何よりイタリア人の指揮者、演出家なのも嬉しい。イタリアの風を感じたいですね」。
「あんまり本読まへんけど、スポーツ選手の自伝とか、岡本太郎とか好きで」
自分の身体と向き合うアスリートの感覚は歌手にも通じるという。
「本田圭佑とか、一流のとこにいく人はほんますごいと思う」。
 さらに、続けて。「オペラ興味ない、という人の気持ちも、分かるんです。自分もそうやったから。でも一度観てみたら、こんなに面白い、ということを伝えたい」。
 古橋自身の今までと、これからが観える、説得力ある言葉だ。大いに期待したい「ニュー・フェース」である。

古橋郷平(こはし ごうへい) テノール
大阪府出身。 沖縄県立芸術大学に学ぶ。『魔笛』タミーノ、『コジ・ファン・トゥッテ』フェランドに出演後、 2004年よりイタリア、ボローニャ国立音楽院へ留学。在伊中、ボローニャ市立歌劇場にてオペラ「Malombra」にリコ役でデビューを果たし、ボローニャ、フォルリ等各地で演奏会に出演。2006年帰国。翌年、トスティ歌曲国際コンクールアジア予選で優勝。聴衆賞、奈良県知事賞を受賞。2009年サッカー元日本代表監督トルシエ氏の勲章叙勲式にてフランス国歌を演奏(フランス大使公邸)。2014年11月二期会『チャールダーシュの女王』(新制作)エドウィン役、2015年2月東京二期会・パルマ王立歌劇場との提携公演『リゴレット』マントヴァ公爵に抜擢された。
二期会会員

新垣有希子

2015年2月の『リゴレット』でジルダを演ずる新垣有希子。今や世界で活躍するプリマドンナだ。そのきっかけを作った一つは、2011年二期会公演『トゥーランドット』での大評判だったリューではなかったか。そのリューと『リゴレット』のジルダは愛する人のために命を落とす、自己犠牲という点で似ている。その女性像について、「リューもジルダも自分を犠牲にしたとは思わなかったのではないでしょうか。本能がそうさせたというか、子供を守る母性にも似た愛があったのだと思います」。
 ジルダは身体的コンプレックスを持つ父親リゴレットに溺愛されている娘、といった役どころ。そんなリゴレットとジルダの関係を、どう捉えるのだろう。
「父親は誰でも娘が傷つくのを恐れていると思います。でも葛藤しつつ、世の中に娘を送り出す。それができないリゴレットはどこか歪んでいるのですね。自分ではどうしようもない容姿の問題を抱え、憎まれて生きてきた男は、孤児として育てられた娘ジルダを引き取り、純粋無垢なまま、自分を裏切らないでいてほしいと、せつに願う。一方ジルダは教会で出会った男に恋をします。3ヶ月も家に閉じ込められていたら当然のような気もしますが。世間知らずな娘はここで初めて自分の意志で、父親から自立しようとし、結果として、死を選んでしまう。突発的ですが、意志を貫く強さがありますね。ジルダはリゴレットの理想像であり、もしかしたら、世の中の男性の理想像なのかもしれないと思います」。
 美しいアリアが多く音楽的にも突出した作品だが、歌手として考える聴き所は?
「ジルダのはじめのアリア〈慕わしき御名〉は、ソプラノレッジェーロの音域です。高音も多くオーケストラも軽くて、フルートの優しい音が目立ちます。オペラが進むにつれてジルダは公爵の愛人となり、彼のために死ぬ決意をする。その大きな展開の過程でオーケストレーションも厚くなり、発声的にもドラマティックになっていきます。『椿姫』のヴィオレッタ同様、一役に3種類の音域のソプラノが必要です。ジルダの女としての心境の変化と音楽的変化を演じきり、歌いきる事が私の最大の課題であり、お客様の見所・聴き所ではないでしょうか」。
 今回の公演はパルマ王立歌劇場との提携。アンドレア・バッティストーニの指揮、ピエール・ルイジ・サマリターニとエリザベッタ・ブルーサの演出によるもの。
「バッティストーニはイタリアでも大変話題になっている指揮者です。また、サマリターニの演出は常に音楽から読み取れる描写だけを舞台にと考えられ、“オペラ歌手は音楽を尊重することが第一で、余計な動きは加えたくない”というメッセージを発しています。その信念を尊重するためには、ごまかしのない演奏家の技量と音楽性が必要だと思います。少しでも彼の理想とヴェルディの理想に近づけたら本望です。ブルーサとは、トリエステヴェルディ劇場以来の再会で、楽しみです!」
 新垣は現在、イタリアのボルツァーノという街に住む。
「ジュリーニ(※)の生まれ育った街ですが、以前はオーストリア領だったので、いまもドイツ語とイタリア語の二カ国語を日常的に話す街です。言語の勉強にはもってこいなのです。私は座付きの歌手ではないので、オペラ公演やオーディション、マスタークラス参加のために、あちこち飛び回っています。その疲れを癒してくれるのが、アルプスの麓のこの街です。心身ともにほっとできる場所です。なにより、水道からアルプスのおいしい水が飲めるのです!」
「海外の劇場で、私のレチタティーヴォでお客様の歓声が湧いた時などは心の中で思わずガッツポーズです」という新垣。その活躍ぶりが二期会の舞台で目撃できるのも、もうすぐだ。

()カルロ・マリア・ジュリーニ Carlo Maria Giulini(1914-2005)
イタリアオペラ以上にドイツ系レパートリーを得意とし、ミラノ・スカラ座音楽監督、シカゴ交響楽団首席客演指揮者、ウィーン交響楽団首席指揮者等を歴任。数々の名盤を残している。

新垣有希子(あらがき ゆきこ) ソプラノ
東京都出身。東京芸術大学修士課程オペラ科修了。第42回日伊声楽コンコルソ第2位。二期会オペラ研修所にて、最優秀賞および川崎靜子賞。二期会には2007年『天国と地獄』のダイアナでデビュー、兵庫県立芸術文化センター『ヘンゼルとグレーテル』グレーテルで出演。文化庁新進芸術家海外留学制度研修員としてローマへ。2008年パヴィアにて『ジャンニ・スキッキ』ラウレッタでイタリア・デビュー。2013年トリエステ・ヴェルディ劇場『カルメン』フラスキータ、2014年チロル音楽祭にて、グスタフ・クーン指揮『ラインの黄金』『神々の黄昏』ヴォーグリンデ役で出演。9月に二期会『イドメネオ』イリア、2015年2月『リゴレット』ジルダを演じる。イタリア在住。
二期会会員



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