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オペラを楽しむ

『リゴレット』の魅力
オペラ作曲家ヴェルディの代表作

文=室田尚子


輝かしい傑作には輝かしいアリアを

 『リゴレット』は、1850年から51年にかけて作曲されたヴェルディ中期の傑作である。初演は1851年3月11日、ヴェネツィアの「不死鳥」フェニーチェ劇場にて。かつてない大成功を収めた初演の後、この作品はイタリア各地だけでなく、オーストリア、ハンガリー、ドイツ、ロシア、イギリス、スペイン、アメリカなど世界各地で次々に上演され、いずれも大絶賛を浴びた。つまり『リゴレット』というオペラは、30代後半から40代にかけてのヴェルディの、中期とよばれる時代を代表する作品といって差し支えない。
 そういった歴史的事実を知らなくても、この作品が傑作であることを如実に物語っているアリアがある。それが、第3幕でマントヴァ公爵が歌う「女心の歌」だ。

風の中の 羽のように いつも変わる 女心 涙こぼし 笑顔つくり うそをついて だますばかり
(堀内敬三訳)


 一説には、初演が終わった後、ヴェネツィア中のゴンドラ漕ぎがこの歌を口ずさんでいた、とか。そんな大げさなエピソードを思わず信じてしまいたくなるほど、この曲の魅力は強い。歌詞の内容は、女心の軽薄さを歌ったものだが、この軽薄さこそ、地位も富も女も欲しいままにするマントヴァ公爵その人の性格に他ならない。悪い男…なのだがなぜか惹かれてしまう。それはひとえに、このアリアが美しく輝かしい音楽だから。どんなにひどい男でも、こんな歌を歌われたら、耳を奪われずにいられない。そしていったん耳を奪われれば、それは心を奪われたも同然なのだ。
 マントヴァ公爵を歌うテノール歌手にとっても、このアリアは一世一代の見せ場。ストーリーにまったく関係のないこの曲の出来がオペラ全体の評価を左右しかねない、美しくも恐ろしい曲である。



ジョヴァンニ・ボルディーニによるヴェルディの肖像画(1886年) 『リゴレット』初演時のポスター

実は陰惨なストーリー

 肝心のストーリーはというと、これが実に救いのない悲劇だ。舞台は16世紀イタリア、マントヴァ。リゴレットは好色なマントヴァ公爵に仕える道化。
このリゴレットには、一人娘ジルダがいる。彼は娘を大切に思うあまり、教会以外には外出しないように、と言いつけている。確かに父親の言いつけを守っているジルダだが、実は教会で一目惚れをした若者がいた。何を隠そう、この若者こそマントヴァ公爵なのだが、貧しい学生と偽ってやってきた公爵に、すっかり心を許してしまうジルダ。ところがそこに、公爵の廷臣たちがやってくる。彼らはジルダをリゴレットの情婦だと勘違いし、闇に乗じてさらっていく。
 かねてから自分のモノにしたいと狙っていた娘を、廷臣たちがさらってきたことを知り喜ぶ公爵(つまり公爵はジルダのことを愛してなどいないのだ)。一方リゴレットは、最愛の娘が公爵の手に落ちたことを知り怒りに燃え、公爵の殺害を殺し屋スパラフチーレに依頼する。妹マッダレーナの懇願により、スパラフチーレは公爵のかわりに、真夜中に居酒屋にやってきた客を殺して布袋にいれ、公爵の死体と偽ってリゴレットに渡す。
 ところがこの死体が、ジルダだったのだ。だまされていたことを知ってもなお公爵を思うジルダは、自分が身代わりとなって殺されることを選んだのである。
 自分がいちばん愛しているものを、大切にしすぎるが故に失ってしまう、というリゴレットの悲劇はあまりにも辛い。しかもそれが目の中に入れても痛くないほど大切な娘で、なおかつその娘が自ら進んでロクでもない男の犠牲になったのだ。リゴレットの運命は言葉では言い表せないほど陰惨である。公爵が歌う「女心の歌」の輝かしさと、リゴレットの悲劇的な宿命との対比。『リゴレット』というオペラの醍醐味はまさにそこにある。



『リゴレット』初演時のマントヴァ公爵とジルダの衣裳デザイン

みどころとききどころ

 『リゴレット』には他にも、心に残るアリアや重唱が目白押しだ。
 リゴレットの歌う曲は、どれも中年以降の男性の悲哀がにじんでいるが、第2幕、ジルダが公爵に手込めにされたことを知って歌う「悪魔め、鬼め」は、父親の苦悩と愛があふれており胸を打つ。
 ジルダが第1幕で歌う「慕わしい人の名」は、公爵の偽の名前である「グワルティエル・マルデ」をつぶやくところから始まる。名前を呼ぶ、という行為は、まさに愛の発露に他ならない。ジルダも彼の名前を呼びながら、次第に自分の愛を確信していくのである。ソプラノ歌手の名レパートリーである。
 第3幕で公爵、マッダレーナ、ジルダ、リゴレットによって歌われる四重唱も名曲だ。居酒屋にやってきた公爵がマッダレーナを口説き、マッダレーナも色気で籠絡しようとする。それを外から覗いて嘆き悲しむジルダ、そして復讐を誓うリゴレット。4人がそれぞれの思惑を歌いながら、ひとつの曲へとまとまっていく重唱の醍醐味を存分に味わえる。こうして闇夜の中、スリリングな緊迫感が高まって、殺人が行われるわけだが、それが具体的にどのように描かれるのかは、まさに全幕中のクライマックスであり、また演出家の腕の見せどころでもある。そして、身代わりとなったジルダを発見してからのリゴレットの苦しみと、それでもなお愛を語るジルダの純粋な心が交錯するラストは、涙を禁じることができない。
 ヴェルディの「オペラ作曲家」としての実力を味わえる、という点では、他のどの作品よりも抜きん出て素晴らしいこの『リゴレット』。ドラマと音楽が見事に絡み合った世界に浸っているうちに、あっという間にフィナーレになること間違いなしだ。


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