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「アン・デア・ウィーン劇場」探訪
ウィーン第三の、一番刺激的な劇場

  • 文=鈴木淳史

 ウィーンの中心部・カールスプラッツ駅の周辺を歩いていると、星を象ったプレートが路上のそこかしこに埋め込まれているのに気づく。それぞれには作曲家や演奏家の名前、その生年月日とサインが刻まれている。ウィーン・フィルの事務局の近くにはカラヤン、マクドナルドの入り口にはヤナーチェク、地下鉄の連絡通路にはシュニトケ。ブーレーズの名前もあるので、とくに物故者だけに限っているわけでもなさそうだ。
 これらのプレートは、アン・デア・ウィーン劇場の開場200周年を記念して2001年に敷設されたらしい。この劇場からシュテファン大聖堂までの歩道に、ウィーンと関係の深い100名近い作曲家や演奏家の名前が散りばめられ、散策者の足元を彩っている。
 モーツァルトのプレートは、アン・デア・ウィーン劇場の前にある。というのも、この劇場はモーツァルトとは縁が深い人物によって作られたからだ。
 劇場の創設者は、エマヌエル・シカネーダー。『魔笛』の台本を書き、パパゲーノ役を初演したシカネーダーは、興行主として自らの新しい劇場の設立に漕ぎ着ける。モーツァルトの没後10周年にあたる1801年にオープンした劇場の名前は「ウィーン川のほとりにある劇場」を意味し、当時は「最も贅沢な装置を供えた巨大な劇場の一つ」と評価された。ちなみに、『魔笛』が初演されたアウフ・デア・ヴィーデン劇場も、遠からぬ場所にあったらしい。
 シカネーダーは、当時新進気鋭の作曲家だったベートーヴェンを音楽監督に招聘する。この劇場に住み込んだベートーヴェンは歌劇『フィデリオ』を作曲、その第一稿が1805年にこの劇場で初演された。同様に、彼の交響曲第二番、第三番《英雄》、第五番《運命》、第六番《田園》、ヴァイオリン協奏曲などの傑作が、この場所で初めて人々の耳に響いたのだった。
 19世紀の後半にもなると、アン・デア・ウィーン劇場はオペレッタの聖地になる。シュトラウスの『こうもり』や『ジプシー男爵』、レハールの『メリー・ウィドー』もこの劇場で初演されたオペレッタだ。ちなみに、『こうもり』の物語で、こうもり博士がアイゼンシュタインに復讐するきっかけになった泥酔事件の現場は、劇場に面したナッシュマルクトである。
 第二次世界大戦後は、爆撃で破壊された国立歌劇場の代わりとして、1945年から10年間その役目を果たしている。フルトヴェングラー、クレンペラー、エーリヒ・クライバーなどの巨匠指揮者がその指揮台に立った。
 国立歌劇場が再建された後、アン・デア・ウィーン劇場は閉鎖も取り沙汰されたが、ミュージカル劇場として再スタートを切る。「キャッツ」のドイツ語版初演、「エリーザベト」や「シシー」初演など、ドイツ語圏を代表するミュージカル劇場として知られるようになった。1962年からは、春に行われるウィーン芸術週間の会場の一つに選ばれるようにもなる。この期間中は国立歌劇場との共同制作で、ベームが指揮したベルク『ルル』、アーノンクールによるモンテヴェルディ『ウリッセの帰還』、アバドのシューベルト『フェイラブラス』などが上演されている。

(C)paul-ott

 劇場に転機が訪れるのは、2006年。モーツァルト生誕250周年を迎えた年である。総監督に就任したローラント・ガイヤーによって、「新しい」ウィーンのオペラ劇場として生まれ変わったのだった。
 ウィーンのオペラ劇場といえば、ウィーン国立歌劇場(シュターツオーパー)とフォルクスオーパーがよく知られている。いずれも、レパートリー・システムを採用し、座付きのオーケストラや歌手を抱える劇場だ。
 一方、アン・デア・ウィーン劇場は、一定期間に同じ作品を集中的に上演するスタジオーネ・システムを採った。レパートリー・システムの場合、毎日のように演奏される作品が変わり、そのなかには何十年前に制作された公演がルーティンワークのように繰り返されることも少なくないのに比べ、スタジオーネ・システムは毎日がプレミエ公演になる。
 さらに、つねに「座付き」に縛られやすい二つの劇場に比べ、フレキシブルな企画が可能だ。ラモーには、クリスティ率いるレザール・フロリサン、ベートーヴェンにはアーノンクールとウィーン・コンツェントゥス・ムジクス、ロッシーニにはルイジ指揮ウィーン響、R.シュトラウスにはド・ビリー指揮ウィーン放送響、マデルナにはポマリコ指揮クラングフォルム・ウィーンなど、適材適所な演奏陣がピットに入る。レパートリーも、バロックから現代作品までと幅広く、他の歌劇場ではあまり取り上げられないレアな作品も目立つ。歌手もプティボン、バルトリ、シャーデ、フリットリなど実力派が並ぶ。
 保守的な雰囲気が町を覆うウィーンは、決して先駆的な演出に優しい場所ではない。そのなかで、新しい時代を切り開くべく、アン・デア・ウィーン劇場はヨーロッパで活躍中の活きのいい演出家を必ずリストアップしている。クラウス・グート、マルティン・クシェイ、クリストフ・ロイ、ローラン・ペリー、そしてダミアーノ・ミキエレット。最近は、ペーター・コンヴィチュニーがヴェルディの『アッティラ』を演出した。今年6月には彼の演出で『椿姫』も控えている。簡素な舞台で生々しい心理劇が繰り広げられる演出だ。
 ウィーン・オペラの殿堂たる国立歌劇場、庶民的で親しみやすいフォルクスオーパー。そして、伝統だけに依存することなく、オペラの現在形を伝える歌劇場が、このアン・デア・ウィーン劇場といえるだろう。座席は1000席(他に立ち見席が若干)と、今ではその狭さが贅沢に感じる劇場だ。
 ウィーンに旅行し、何かオペラを観たいという人には、わたしはまず最初にアン・デア・ウィーン劇場のスケジュールを調べることを薦める。もしも公演日であれば、パパゲーノ門をくぐったその先で、ヴィヴィッドなオペラに触れることが約束されているからだ。



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