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オペラを楽しむ

『イドメネオ』キャストインタビュー

与儀 巧・又吉秀樹

与儀 巧
文=室田尚子

 伸びやかで輝かしい声で、今もっとも注目を浴びている若手テノール、与儀巧さん。実際にお会いしてみると、その何ともいえないのどかな雰囲気にほっこりと癒されてしまったのだが、出身が沖縄とうかがい思わず納得。
 「小さい頃から沖縄民謡に囲まれていました。僕の祖父は元漁師で、一日中三味線を弾きながら歌を歌うような人だったんです。」
 生活の中に音楽があふれる環境で育った巧少年は、中学校の音楽の先生に渡された1枚のCDに全身を射抜かれるような衝撃を受ける。
 「ルチアーノ・パヴァロッティだったんです。それでいっぺんにオペラ・ファンになりました。」
 この音楽の先生がなぜパヴァロッティのCDを巧少年に渡したのかというと、新入生代表の挨拶を聞いて「とても声がいいから声楽をやらせたい」と思ったから、というのだから、私たちはその耳に感謝しなければなるまい。県立高校は英語科に進むものの、芸術科の先生から熱心にすすめられて出場した全日本学生音楽コンクール高校の部福岡大会で見事1位を獲得。「九州一」の栄光を胸に国立音楽大学の声楽科に進むのである。ところが…。
 「大学に入って挫折感を味わいましたね。何しろ同級生が100人以上もいる。僕のちっちゃなプライドなんてすぐに木っ端みじんになりました。」
 大学院を修了した時には、自分が、「理想とする歌手にはほど遠い」ことを痛感し、「それなら最後にイタリアに行ってみようと思って」ボローニャ留学を決める。しかしボローニャで出会った恩師の言葉によって、与儀さんは大きな転機を迎えることになる。
 「君はパヴァロッティの亡霊にとりつかれている、って言われたんです。日本人だからイタリア人のように歌いたいと思うのはいいけれどマネは絶対だめ。おまえの歌う喜びはどこにいったのか、って。それから、僕は自分の歌を探していこう、という風に気持ちを切り替えることができました。」
 帰国してからは、予備校で事務のアルバイトをしたりしながら(!)勉強を続け、日本音楽コンクール入選、日伊声楽コンコルソ入選、東京音楽コンクール1位、と数々の賞を獲得。二期会に入った後は白井晃演出『オテロ』、コンヴィチュニー演出『サロメ』など、話題の舞台に次々に出演しているのはご存知の通りだ。
 そんな与儀さんがこの秋挑むのが、モーツァルト『イドメネオ』のタイトルロール。テノールとしては音域が普段より低く、力強い声が求められる難役である。与儀さんは、少年時代からの憧れだったパヴァロッティが歌う名盤を何度も聴いたという。
 「綺麗なイタリア語で、美しい声を届けなければならない、という点がいちばん重要で、いちばん難しいところですね。」
 与儀さんは2006年に、国立音大創立80周年記念公演でこの役を歌っているが、当時と今ではまた違った表現が可能ではないかと考えているという。
 「この八年の間に息子が生まれたんです。だから、息子を持つ父としてのイドメネオの気持ちがよくわかる気がするし、そこを深く掘り下げて表現したいと思っています。」
 これまで常に「なんくるないさ」(沖縄の言葉で「なんとかなる」)精神で生きてきたという与儀巧さん。その大らかさはそのままに、ドラマティックな深みをもった特別なテノールへと生まれ変わる日は近い。

与儀 巧(よぎ たくみ) テノール
国立音楽大学及び同大学院修了、ボローニャで研鑽を積む。第71回日本音楽コンクール声楽部門入選、第42回目伊声楽コンコルソ入選、第6回東京音楽コンクール声楽部門第1位及び聴衆賞。これまでに『コシ・ファン・トゥッテ』フェランド、『リゴレット』マントヴァ公爵等を演じており、最近では『オテロ』ロデリーゴ、『パリアッチ』ベッペ等相次いで二期会オペラに抜擢された他、宮本亜門演出ネオオペラ「マダムバタフライXプッチーニのオペラ『蝶々夫人』より」ピンカートンで新境地を拓く。2013年はNHK-FM「リサイタル・ノヴァ」出演の他、紀尾井ホール主催によるリサイタルで更なる注目を集め、2014年「NHK ニューイヤーオペラコンサート」に初出演するなど、今後の活躍に大きな期待が寄せられている。本年9月準・メルクル指揮二期会オペラ『イドネメオ』に主演予定。
二期会会員

又吉秀樹
文=山野雄大

 「『イドメネオ』は、とても繊細な部分と、ううっ!と興奮する部分とがちりばめられている素晴らしいオペラです!」と語るのは、俊英・又吉秀樹。「僕はもともとぐーっと血湧き肉踊るヴェルディが大好きでオペラの道に進もうと思ったのですが、そういう人でもわくわくするような音楽。若いモーツァルトが抱えていたわなわなするような思いが『イドメネオ』に放出されているように感じます」
 又吉秀樹は東京芸大在学中に『イドメネオ』タイトルロールを歌って好評を博している〔2009年10月〕。
 「それまで、特にモーツァルトの初期から中期にかけてのオペラは、ちょっと襟を正して聴く上級者向けの作品というイメージがあったんです。ところがこの作品を勉強していくにつれて〈なんて格好いいシーンがたくさんあるんだ!〉と(笑)。─アリアを聴いてレチタティーヴォがあって重唱があって…という、いわゆる〈番号オペラ〉の時代に書かれた作品ですが、『イドメネオ』は、アリアから間髪入れずに合唱になりそのまま次のシーンへ…といった革新的なことをしている作品でもあります。ずっと後のヴェリズモ・オペラにも遠く通じるようなところも感じます」
 又吉はその後2011年にイタリア・デビュー、スポレート歌劇場で特別研修員として研鑽を積みながら活躍を広げている。そして今年、かつて出発期にその表現力を広げた『イドメネオ』タイトルロールを再び歌う。
 「モーツァルトが書いた年齢と、僕が最初にこの作品に出逢った年齢は同じだったんです。傑作ながらめったに上演されない『イドメネオ』を、自分の二期会デビューで歌わせていただけるのは、強い縁を感じます。イドメネオ役は、途中で合唱の中からぱーん!と歌い出したり、ヒロイックな声にも凄味というかスピントな要素も必要になってくる役。この作品をいま自分が歌うことに意味があるとも感じています。また今回はダミアーノ・ミキエレットさんの演出自体に凄いチャレンジがあると思います」
 2007年〈ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル〉での『泥棒かささぎ』でその名を轟かせたミキエレットは、鮮烈な視点で音楽の心理を巧みにつかみだす演出を続々と発表。2011年には新国立劇場オペラ『コジ・ファン・トゥッテ』で日本にも登場、現代に舞台をおきながらモーツァルトの音楽の魅力を解放した演出で大絶賛を浴びた。又吉は今回のミキエレット演出『イドメネオ』を、二期会と共同制作するアン・デア・ウィーン劇場での公演で昨年末に鑑賞、「音楽をこんな風に捉えられるんだ!という衝撃がありました」と感銘を語る。
 「神話的な舞台だと演出も日常と違う世界に…となりがちですが、ミキエレットさんの演出はぐっと現代にひきつけたうえで、等身大の人間を舞台に乗せている。現代の自分たちと同じ感覚の人たちが物語を演じているわけです。大変な演技といい視覚的にも衝撃ですし、最後がまた…とにかくどの瞬間も驚きでした」
 しかし現代演出にありがちな〈読み替えの違和感〉はない、と又吉は言う。
 「はじめこそ〈なんだこれは!?〉と驚いても、音楽の持つものを非常にわかりやすく提示しているんです。彼は人物のプライヴェートなところを凄く出したかったんじゃないか…とも感じますが、僕にとって現代演出で歌うのは初めての経験なので、とても楽しみですね!」

又吉秀樹(またよし ひでき) テノール
2010年第40回イタリア声楽コンコルソにて優勝、ミラノ大賞受賞、同年トスティ歌曲国際コンクールアジア予選大会にて第2位ならびにアジア代表、読売新聞社賞受賞。2011年イタリア・オルトーナのヴィットーリア歌劇場『ナブッコ』イズマエーレに出演。12年スポレート歌劇場特別研修員として各地でコンサートに出演。同9月スポレート音楽祭『椿姫』ガストン子爵、続く12月にイタリアで行われるトスティ歌曲国際コンクールイタリア本選大会に出場し高い評価を得た。サントリーオペラアカデミーメンバー。輝かしい美声と確かな音楽性で将来を嘱望される逸材。コンサート分野でも、ベートーヴェンの「第九」、シューベルトのG-durミサ、Es-durミサ、プッチーニのグローリアミサ等にソリストで出演している。
二期会会員
オペラ三昧by 又吉秀樹 http://ameblo.jp/okomeem



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