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オペラを楽しむ

イタリアの若手「三羽がらす」を楽しむ
~ダニエーレ・ルスティオーニ登場への期待

文=加藤浩子

 オペラ界におけるイタリア人アーティストの注目は、「指揮者」。
 最近、そう思うことが多い。
 低迷していたローマ歌劇場を復活させたムーティ。トリノ王立歌劇場を一流オペラハウスの仲間入りさせたノセダ。ナポリのサンカルロ歌劇場で奮闘するルイゾッティ。イタリアの歌劇場で活躍し、聴衆を引き寄せているイタリア人演奏家は、人材難が叫ばれる歌手より「指揮者」なのである。
 なかでも熱い視線を浴びているのが、30代前半から下の世代の若手指揮者たちだろう。昨年2月の二期会公演『ナブッコ』で一大旋風を巻き起こした、1987年生まれのアンドレア・バッティストーニは記憶に新しいが(バッティストーニは現在ジェノヴァ歌劇場の首席客演指揮者に就任し、一度は閉鎖の危機にあった同劇場の希望を託されている)、彼と並んでイタリア若手指揮者の「三羽がらす」と期待されているのが、首席指揮者をつとめるボローニャ歌劇場と来日も果たした1979年生まれのミケーレ・マリオッティ、そして1983年生まれのダニエーレ・ルスティオーニだ。ミラノに生まれたルスティオーニは、20代の若さでロイヤルオペラハウス、ミラノ・スカラ座、トリノ王立歌劇場など一流のオペラハウスを次々と制覇。ヴェルディ生誕200年のアニバーサリーイヤーにあたる今年、スカラ座で新制作の『仮面舞踏会』を任されたことからも、逸材ぶりが窺い知れる。来年4月、そのルスティオーニが二期会公演『蝶々夫人』で日本に初めて登場するのは、二期会の快挙と言わずして何と言おう。

ダニエーレ・ルスティオーニ
Daniele Rustioni

1983年生まれ。30歳にして彼の世代の世界で最も活躍する指揮者の一人。2008年1月、若干24歳にして、サンクト・ペテルブルクのミハイロフスキー劇場において、リリア・カヴァーニ演出のマスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』を指揮して、聴衆・批評の絶賛を博し、首席客演指揮者に就任、二年間在任。2011年トスカーナ管弦楽団の首席客演指揮者に、2013年バーリのペトルッツェーリ劇場の音楽監督に就任。2014年4月東京二期会『蝶々夫人』にて日本デビュー予定。

 「三羽がらす」にはそれぞれ個性がある。ダイナミックで推進力に満ちていると同時に、洗練された美しい音が魅力のバッティストーニ。ペーザロのロッシーニフェスティバルの総裁を父に持ち、「ロッシーニ劇場のなかで育った」(本人談)だけあって、オーケストラを徹底的に「ベルカント」に仕立て上げ、繊細さと劇性を柔軟な感性で同居させるマリオッティ。2人に比べると、ルスティオーニはより音楽が流麗で、音画が明快で、バランス感覚に富み、聴衆を惹きつける華があるように思われる。その背景には、早くから活動の場をロンドンへ移し、そこで活動の幅を広げたことがあるのではないだろうか。バッティストーニは、(「トスカニーニの再来」などと呼ばれているが)「ムーティ以来」のイタリア人指揮者になるのではないかと思う一方、ルスティオーニは、彼がアシスタントをつとめ、「「声」への愛情やさまざまな様式による幅広いオペラのレパートリーへの探究心など、語り尽くせないほどの影響を受けた」(ルスティオーニ、以下R)という、ロンドンで活躍するイタリア人指揮者パッパーノの後を継ぐ指揮者になりうるのではないかと思うのだ。
 実業家の父と声楽家の母のもとに生まれたルスティオーニは、母の意向で少年時代にスカラ座の児童合唱団に所属するなど、「オペラの世界を身近に感じて」(R)成長した。ミラノのヴェルディ音楽院でオルガン、作曲、ピアノを学び、並行してピアニストとして室内楽団で活動。「オーケストラは大きな室内楽団」(R)だと感じるようになったという。19歳で指揮者になることを決意し、23歳でデビュー。2006年、ロンドンの王立アカデミーに留学、ロイヤルオペラハウスでアシスタント指揮者をつとめるかたわら、多くのオーケストラでアシスタントとして研鑽を積んだ。早くも2年後の2008年には、トリノ王立歌劇場で『ラ・ボエーム』を振り、母国でオペラデビューを飾る。2011年には『アイーダ』で、「第2の家のような」(R)ロイヤルオペラにデビューを果たした。他にもチューリッヒやミュンヘンなど、世界の一流歌劇場で快進撃を続けている。
 イギリスでの経験は、ルスティオーニに「より実際的なメンタリティ」(R)をもたらしたという。彼のつくる音楽の耳当たりのよさは、そのせいもあるのかもしれない。

ミケーレ・マリオッティ
Michele Mariotti

1979年ペーザロ生まれ。ペーザロのロッシーニ音楽院で作曲を、ドナート・レンゼッティに指揮を学ぶ。2007年の『シモン・ボッカネグラ』の成功を受け、ボローニャ歌劇場の首席指揮者に就任、現在までその地位にある。2009年以降、パルマ歌劇場、スカラ座、メトロポリタン歌劇場、ロイヤルオペラハウス、パリ・オペラ座など大劇場で次々とデビューを飾り、絶賛されている。2011年にボローニャ歌劇場を率いて来日。

photo:Amati/Bacciardi 
写真提供:フジテレビジョン

 イタリアとイギリス、2つの国の劇場の雰囲気の違いを、ルスティオーニはこう語る。「イタリアの聴衆は、サッカーのサポーターのように、イタリアオペラの解釈に夢中になります。演奏家もその情熱を意識して、彼らとの関係に緊張感を保たなければならない。一方ロンドンでは、全体の水準はとても高いのですが、雰囲気はもっとリラックスしていて、批判的な空気を感じることはほとんどありません。聴衆は批評しに来るのではなく、楽しみに来るんです」。
 今回披露する『蝶々夫人』は、トリノ王立歌劇場でも指揮して好評を得たレパートリーだ。「プッチーニは大好きな作曲家です。彼の音楽を聴くと、表現されるべき感情が、映画を見ているようにくっきりと浮かび上がるのです。人物が歌っていない時は、彼らが思っていることをオーケストラが伝えてくれます。プッチーニのスコアはとても細かいところまで書き込まれていて、彼の意図しているところがよくわかるのです」。

ジャコモ・プッチーニ
Giacomo Puccini

1858年12月22日-1924年11月29日

 「『蝶々夫人』でプッチーニは、日本の世界を、彼のイタリア的な感受性によって解釈しようとしました。彼は日本のオペラを作ったわけではありませんが、日本の響きを取り入れることで、オーケストラの音色の可能性を探ったのだと思います。歌唱のラインやフレージングはイタリア的です。プッチーニがこの傑作のなかで2つの文化を近づけていることは、とても興味深く、魅力的なことではないでしょうか」。
 本作をよく知るイタリアの新星マエストロと、やはり本作を得意とする二期会の日本人歌手たちのコラボレーションは、まさにプッチーニが意図した「2つの文化の接近」を、あざやかに具現してくれるに違いない。
 ところで、プッチーニがダンディな美男子だったことは有名だが、ルスティオーニもまた、イギリスのファッション雑誌「ヴァニティ・フェア」に、ポートレート付きでインタビューが載るような「お墨付き」のイケメンだ。爽やかで絵になる容貌ともども、来年春のオペラ界の話題を独占しそうである。

アンドレア・バッティストーニ
Andrea Battistoni

1987年ヴェローナ生まれ。7歳よりチェロを学び、後に作曲・指揮を学んだ。キャリアの初期より様々な歌劇場で研鑽を積む。2013年3月より、ジェノヴァのカルロ・フェリーチェ劇場の首席客演指導者に就任。2012年東京二期会『ナブッコ』で初登場を飾り、2015年『リゴレット』に再登場予定。


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