TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

『蝶々夫人』から
オペラを始めてみませんか?

日本風情を織り交ぜた美しいメロディーにひたる
初めての『蝶々夫人』の楽しみ方

  • 文=里中満智子
写真すべて= 2003年9月『蝶々夫人』
東京文化会館大ホール
撮影:鍔山英次

 『蝶々夫人』は多くの人になじみのあるオペラだ。大抵の人はタイトルを知っているし、「ある晴れた日」のメロディーは聞き慣れているはずだ。
 日本人芸者の蝶々夫人は長崎でアメリカ軍人のピンカートンと結ばれるが、彼はアメリカへ帰ってしまう。ピンカートンとの間に出来た息子を育てながら蝶々夫人は彼の戻るのを待つ。ある日彼は再び長崎へ戻ってきた。しかし……アメリカ人の妻を連れて……。絶望した蝶々夫人は自らの命を絶つ。ストーリーの大まかな流れを知っている人はかなりいるはず……。
 あら筋だけをなぞれば、「日本人女性の貞節を強調した東洋趣味のドラマ」と思われるかもしれない。
 大体オペラというのは、理屈抜きに舞台の世界に身を委ね、音と声に酔いながら楽しむものだ。細かい解説など無用—と思う向きも多いだろう。外国語の歌詞が解らなくても、近年は字幕があるので意味は解る。それで十分。でも……
 作品の成り立ちや、物語そのもの、見どころ(聞きどころ?)や演出意図を知れば、もっと楽しめる。オペラは総合芸術でありエンターテイメントだ。ほんの少しの知識があれば、楽しみは倍になる。オペラに関してきちんと解説できる程の知識や経験は持っていない私だが、ほんの少し「初めて楽しむ方」にちょっとした手助けくらいは出来るかも……

 もともとの原作はアメリカ人ロングが発表した小説だった。彼の姉は長崎に滞在していた経験がある。姉から聞いた日本の情報をもとに「蝶々夫人」を書いた。それをベラスコが戯曲にし、ロンドンで上演されたその舞台を、たまたま英国を訪問していたプッチーニが観て感動し、オペラ化の権利を手にした。その頃プッチーニは47歳くらい。『トスカ』『ラ・ボエーム』の成功により、人気オペラ作曲家として名声を博していた。
 プッチーニは作曲にあたり日本の音楽の勉強をし、当時ヨーロッパ巡業中の日本人女優川上貞奴と面会し、話を聞いたという話が伝わっている。
 「東洋のエキゾティズム」「芸者という存在への興味」「武士への好奇心」そう言う表面的な「フシギな日本」から一歩進んで、プッチーニは蝶々夫人を通じて「女性の愛の形」「誓いの神聖さ」を描こうとした(と、確信している)。
 蝶々さんは15歳。武士だった父は訳あって切腹し、残された母たちを養う為に芸者になった。外国人が日本にいる間だけの「仮の結婚」の斡旋をする者がいて、ピンカートンは「愛らしくてときめく女とのひと時の暮らしだ」と考えて、蝶々さんを養う事になる。“仮”ではあっても「結婚」という形をとるので領事立ち会いのもと結婚式がとり行われる。領事のシャープレスは、蝶々さんの一途さを感じ、ピンカートンに「彼女を大切にしろ」と忠告する。蝶々さんの母をはじめ親族一同は「金になる結婚」にはしゃいでいる。しかし……蝶々さんはピンカートンが「気持ち悪い」というお歯黒つぼを捨て、彼が信じるキリスト教に改宗する。それを知った僧侶のおじをはじめ親族一同は蝶々さんを責め、縁を切る。蝶々さんは愛にすべてをかけたのだ。
 ピンカートンはアメリカへ帰った。「必ず戻るよ」と誓って。そんな言葉を信じて蝶々さんは毎日彼を待つ。そして三年――。彼との間の子供を育て、他の男性からの求婚を断り、領事のシャープレスの「彼を忘れて幸福になるべき」という親切な忠告にも耳を貸さない。そしてある日――港にピンカートンが配属されている船が着く。
 彼を迎える為に家中を花で満たす。しかし彼は来ない……。夜がふけて、夜が明けて、眠ってしまった子を寝かせる為に蝶々さんは奥へ入る。そこにピンカートンが妻を伴ってくる。子供が出来ていると領事から聞いてやって来たが、彼は蝶々さんに会おうとしない。侍女のスズキは言う。「この三年間奥様は信じて待ち続けて毎日船が入るのを見ていた」と聞き、ピンカートンは蝶々さんの一途さを初めて知る。そして自分のいい加減さに耐えきれず、卑怯にも妻とスズキに後を頼んで蝶々さんの家から逃げ出してしまう。
 気配に気付いた蝶々さんは、泣いているスズキと領事、そして見知らぬ外国人の女を見て、「あの人の身に何かあったのか?」と恐れる。しかし真実を知り、ピンカートンの妻の「お子さんを、彼の跡取りとして責任を持って育てさせて下さい」と言う心のこもった言葉に静かにうなずく。「あの子をお渡しします、でもあの人自身が引き取りにきて欲しい」。妻と領事は約束をして立ち去る。ピンカートン以外みな誠実。蝶々さんは父の形見の短刀を取り出す。「誇り高く生きられないのなら、誇りと共に死すべき」。息子を抱きしめたあと、蝶々さんは一人屏風の陰へ身を隠し自害する。家に近づくピンカートンの声が聞こえてくる。以上がストーリーのあらまし。

 人物像を理解してから舞台を観れば、一途に愛する切なさが一層伝わってくるはず。
 日本人にはなじみ深い「お江戸日本橋」「宮さん宮さん」「かっぽれ」そして「君が代」など、日本のメロディーをところどころ取り入れているが、ごく自然にほど良くなじんでいる。
 さて、これでもう細かい理屈は抜きにして心ゆくまで浸って下さい。

里中満智子(さとなか まちこ)
漫画家。16歳のとき「ピアの肖像」で第1回講談社新人漫画賞を受賞。高校生活を送る傍ら、プロの漫画家生活にはいる。その後、「あした輝く」「アリエスの乙女たち」「海のオーロラ」「あすなろ坂」など数々のヒット作を生み出す。また、歴史を扱った作品も多く、十代の頃より憧れていたという「万葉集」の世界をもとに、持統天皇を主人公とした「天上の虹」を20年以上にわたり執筆し続けている。登場人物一人ひとりの心の葛藤を丁寧に描くことに定評がある。現在、創作活動以外にも各方面の活動に携わり、その責を全うしている。



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