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オペラを楽しむ

エルンスト・テオドール・ヴィルヘルム・ホフマン
Ernst Theodor Amadeus Hoffmann
※本稿では省略してE.T.A.ホフマンと表記する
(1776年1月24日~1822年6月25日)

E.T.A.ホフマンの生涯とその作品について

文=木野光司


 『ホフマン物語』は19世紀ヨーロッパの男達の切なくも愚かな夢を満載したユニークなオペラである。それを楽しむには何の予備知識もいらない。ファンタジー満載の舞台を楽しめばよいことである。ただそれだけでは少し物足りないという方に、このオペラがホフマンというドイツ人作家が紡いだ不思議な物語に由来していることを紹介しておこう。
 オペラの主人公のモデルE.T.A.ホフマン(1776年~1822年)は、プロイセンの旧都ケーニヒスベルク(現在のカリーニングラード)に生まれ、法学を修めて裁判官をしながらファンタジー作品を書いたロマン主義の代表的作家である。スケッチや作曲の才に恵まれ、自らが作曲した『ウンディーネ』というロマン主義オペラを1816年にベルリンで上演して大成功を収めている。若い時からモーツァルトに心酔し、ミドルネームをヴィルヘルムからアマデウスに変えている。初期の作品には音楽への熱狂をテーマにしたものが多く、シューマンのピアノ曲集の素材となる短編連作「クライスレリアーナ」、「ドン・ジョヴァンニ」解釈を主題とする短編「ドン・フアン」等がある。中期以降の小説の特徴は独創的なストーリーと辛辣な社会風刺にあり、数多くの奇妙な登場人物を創造している。たとえば「黄金の壺」では主人公の恋人は蛇の姿で現れ、「砂男」には美しい自動人形、「蚤の王」には蚤の王や花粉から生まれた王女などが登場する。犬、猫、猿など動物の登場も多く、夏目漱石の「吾輩は猫である」にヒントを与えた長編小説「牡猫ムルの猫生観(びょうせいかん)」では、飼い主の蔵書でドイツ語の読み書きを学ぶ学者猫の自伝が披露される。ホフマンは1822年に46才の若さでベルリンに没している。

E.T.A.ホフマン画
「ホフマンを慰めにあらわれるファンタジー」
「E.T.A.ホフマン―ある懐疑的な夢想家の生涯」より転載

 オペラの展開に沿う形で、ホフマンの小説とオペラの人物の対応関係を紹介してゆくことにしよう。─プロローグの舞台“ルターの酒場”は二つの酒場の合体である。ひとつはホフマンが頻繁に通ったベルリン、ジャンダルメン広場“王立劇場”脇のワイン酒場“ルター&ヴェーグナー”で、“ルター”はそこの店主の名前である。もうひとつは上述の短編「ドン・フアン」の舞台である南ドイツ、バンベルクの劇場付属の酒場“ツア・ローゼ”である。酒場の隣の劇場で『ドン・ジョヴァンニ』の上演が行われているという設定は「ドン・フアン」から取られている。〈クラインザックの歌〉の“ザック”にもモデルがある。「小人ツァヘス」という小説の主人公ツァヘス(=ザック)はここで歌われているような醜い小人で、原作では妖精がツァヘスを憐れんで「美男子・好青年に見える」魔法をかけてやった結果が大騒動を引き起こすという話である。

「E.T.A. ホフマン」
フーゴ・シュタイナー画
「E.T.A. ホフマン―ある懐疑的な夢想家の生涯」より転載

 第一幕の人物が「砂男」から取られていることは有名である。物理学教授スパランツァーニが悪魔と組んで自動人形を製作し、大学生ナタナエルがその人形に一目惚れしてしまうという話である。オペラでは、オランピアに惚れる人物がホフマンに変えられていて、ナタナエルは酒場の学生の一人として登場している。
 第二幕の人物は「大晦日の夜の冒険」という小説から取られている。原作は、主人公エラスムスが高級娼婦ジュリエッタと魔術師ダペルトゥット博士に籠絡されて“鏡像”を奪われてしまう話である。オペラでの変更点は、舞台がフィレンツェからヴェネツィアに変えられていることと“シュレミール”という人物の扱いである。原作では“影をなくした男”シュレミールは“鏡像をなくした男”エラスムスの友人という設定であるが、オペラではその二人が恋敵に変えられている。

ヴィルヘルム・ヘンゼル画
「ホフマンの肖像画」
「ホフマンII」より転載

 第三幕の人物は「顧問官クレスペル」から取られている。主人公テオドールがクレスペルの娘アントニアの不思議な歌声に魅了されるが、その歌声は“器質的な胸の異常”によって生み出されており、歌い続けると命にかかわるという事情が明らかにされる。原作でも歌の誘惑に負けたアントニアが歌ってしまって死ぬという結末になっている。オペラに登場するミラクル博士と母親の亡霊は、原作にはない脚本家の創案である。
 エピローグにおいて、恋人のステラが酔いつぶれたホフマンを見捨てる設定、友人ニクラウスがミューズに変身し、ホフマンが「愛するミューズよ、僕はお前のものだ!」と叫ぶ設定はすべてオペラの創案であるが、この最終場面において『ホフマン物語』を統べる主題が明らかにされる。オッフェンバックがホフマンに見出し、作品の主題に据えたもの、それは「芸術家の恋」というロマン主義的理念であった。芸術家たらんと欲する者は地上の愛に浸っていてはならないという要請である。

 E.T.A.ホフマンの幻想作品は1830年代のフランスで大評判となり、19世紀後半には『コッペリア』、『ホフマン物語』などの舞台化もなされる。時代を下がった1892年にはペテルブルクでバレー『くるみ割り人形』の初演が行われ、ホフマンの名は不朽のものとなってゆく。

「E.T.A.ホフマン
―ある懐疑的な夢想家の生涯」
(法政大学出版局) 5,974円
著:リュディガー・ザフランスキー
訳:識名章喜
ドイツ・ロマン派全集13
「ホフマンII」
(国書刊行会) 3,772円
著:E.T.A.ホフマン 
訳:前川道介、伊狩裕、鈴木潔

木野 光司(きの みつじ)
関西学院大学文学部教授(ドイツ文学専攻)ホフマンを中心とするロマン主義文学およびドイツ都市文化を中心とする文化学を研究している。E.T.A.Hoffmann-Gesellschaft会員。主要著訳書:『ロマン主義の自我・幻想・都市像』(関西学院大学出版会2002年)、『ドイツ幻想文学の系譜』(彩流社1997年、共訳)


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