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オペラを楽しむ

『ホフマン物語』キャストインタビュー

佐々木典子・樋口達哉

  • 文=山野雄大
  • 写真=広瀬克昭

佐々木 典子

心の内側から深く役を創ってゆく
─幻想美を豊かにひらくジュリエッタへ

「指揮のプラッソンさんとはウィーンで『ウェルテル』を一緒に演ったんです」という佐々木典子。「凄く素晴らしかったですよ。さすが母国のオペラは何か生理的な流れかたが違うのかな、と感じました。今回の上演も凄いメンバーなので、きっといい舞台ができるだろうな、と思います。……あ、私は座を和ませる役で(笑)」

 もちろん佐々木典子の存在が舞台の色をぐっと深めてくれること、間違いない。長きにわたりウィーン国立歌劇場の専属歌手として活躍、帰国後もリヒャルト・シュトラウスのオペラをはじめ絶賛を博してきた、日本を代表するプリマドンナだ。彼女が『ホフマン物語』を彩る3人の女性のうち、高級娼婦ジュリエッタを歌う。

 「『ホフマン物語』は初めてなんです。完成させられなかった作曲家の気持ちもこもっているような、宿命的なものも感じますね。場面も登場人物も多いですが、コルンゴルト『死の都』やR.シュトラウス『エレクトラ』にもちょっと似たところがあるし、ジュリエッタが[魔術師ダペルトゥットにそそのかされて]ホフマンの影を奪うところなど、R.シュトラウス『影のない女』に色調が似ていたり。いろいろなオペラも去来しますね」

 ちなみに、詩人ホフマンが恋して想い破れる3人の女性たち──それぞれを描く幕は、今回上演される粟國淳の演出が〈あいちトリエンナーレ2010〉で初演されたときは【自動人形オランピア/歌姫アントニア/高級娼婦ジュリエッタ】の順だったものが、今回は指揮者の強い意向で【オランピア/ジュリエッタ/アントニア】という順に変わる。佐々木典子の演じるジュリエッタは、オペラのちょうど真ん中で不思議な幻想美を豊かに深めてゆく。

 「舞台に向けて、関連する本もいろいろ読んでいます」という佐々木。オペラの原作者で主人公のモデルにもなった作家E.T.A.ホフマンの作品をはじめ「彼が影響を受けたシャミッソー[“影をなくした男”など]などドイツ・ロマン派の作家も」と広い読書で豊かな想像を耕し続けている。

 「オペラの役作りは、もちろん音楽と歌詞の内容などから始まりますが、関連する本も読みながら“こういうふうにしたい”という欲求が自分の中から出てくるのを待つんです。外側からではなく、人間として役を作っていく。で、演出家と揉めることもあるんですけど(笑)、とことん話し合ってお互い納得しながら作っていく。自分なりに役の芯が出来ていれば、どんな要求にも対応できますから」

 ホフマン福井敬との共演にも期待高まるばかりだ。

「福井さんは凄く尊敬しています。稽古場でも大変なことなど表に出さず、周りも福井さんがいたらすごく安心。誠実で凄いプリモなんです。─私たちの歌う有名なデュエット[《ホフマンの舟歌》]にも、言葉だけではなく“心情のかけあい”があります。心で受け答えしながら、間もしっくりいくように……」

 起伏豊かな詩的幻想にひらく深い魅惑─佐々木典子ならではのジュリエッタ、見事な歌唱はもちろんその新鮮な人物造形が楽しみでならない。

佐々木 典子(ささき のりこ) ソプラノ
武蔵野音楽大学卒業。ザルツブルク モーツァルテウム芸術大学オペラ科卒業、ウィーン国立歌劇場オペラスタジオを経て、ウィーン国立歌劇場専属歌手として活躍。これまでシュタイン、ショルティ、アッバード、レヴァイン、シノーポリ、ノイマン、アシュケナージ、プラッソン、ホルライザー、ボードなど著名な指揮者と共演。特にR.シュトラウスの演奏で評価が高く、03年東京二期会、及び08年びわ湖・神奈川県民ホールで演じた『ばらの騎士』元帥夫人は絶賛された。2011年『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・エルヴィーラ、2012年『タンホイザー』エリーザベトでも好評を得ている。第2回ホテルオークラ音楽賞受賞。東京芸術大学教授。
二期会会員

樋口 達哉

〈男の哀しみ〉のさまざまを、深くつよく
─難役ホフマンに最高のタイミングで挑む

「このオペラには、おもちゃ箱をひっくり返したようにいろいろなものが詰め込まれています。その軸であるホフマンは、彼が恋した女性たち─それぞれキャラクターも違う3人をひとりで相手しながら、彼女たちを巡る3つの物語すべてを引っ張ってゆく。まさに座長ですが(笑)、ホフマンがぶれると作品が崩壊してしまう。難しく、本当にやりがいがありすぎる役なんですよね。でも、やりますよ!」

 樋口達哉は晴れやかに笑う。充実の時を迎える美声のスターにとっても、『ホフマン物語』主演は重要な飛躍の舞台となるはずだ。

「今まで演らせていただいてきた役の中でも、質量ともに一番といっていいほどの大役、重さと責任とを感じます。─この作品、僕が大好きなドミンゴが歌っている映像があります[1981年]。実は、その時の彼の年齢に、今の僕の年齢が近いんです。ドミンゴってなんて凄い人なんだ!と思いますが、いま自分が同じ役でホフマンの弱い部分、強い部分をどう表現するか……」

 イタリア留学からヨーロッパ各地で活躍、国内でも新国立劇場をはじめ名を馳せてきた樋口達哉。2006年からは二期会会員として『仮面舞踏会』など多くの舞台で喝采を浴び、その可能性をぐいぐいと拡げてきた。

「思えば、20歳代は焦りながらがむしゃらにやって空回りしていました。そこで〈自分に出来ることは何だろう〉と考え直した時、すべて解き放たれたように歯車が合った。30歳代後半から声も落ち着いてきて、いま43歳ですが、声の状態はとっても良くなっています」

 万全のタイミングで挑む難役ホフマン。

「彼と関わる3人の女性たちも、解釈によっては“ひとりの女性が持っているそれぞれ別の面”とみることがあります。そしてホフマンもまた、相手によって気持ちが変化してゆく。彼女たちに翻弄される“男の哀しみ”のさまざまもまた、ひとりの男が持つそれぞれの面。それをどう描いてゆくか……」

 人生を彩る恋の数々、ほろ苦い想いの陰翳……樋口達哉の掘り下げる表現が楽しみだ。この幻想的な物語を豊かな深みで描く演出・粟國淳とも「既に幾つもの舞台をご一緒させていただいています。彼は動きひとつにも、とても綺麗なものを要求する。僕ら歌手もこう演りたいと主張しながら、演出家・指揮者とうまい三角関係でやっていきたいですね」

 指揮に迎える巨匠プラッソンとは、二期会『ファウストの劫罰』[2010年]で初共演。「あれも半端なく大変な作品でしたが(笑)、パワフルでエネルギッシュ、人間としても素晴らしいマエストロとまたお会いできるのは本当に嬉しいです。プラッソンさんは素晴らしく自然体なんですね。彼の示して下さる流れに乗っていく感じがとっても心地良い。あの経験は凄く生きています」

 数々の素晴らしい舞台を生きた経験が、いま新たな幻想の生へ宿る。

「今の自分に対しても“もっとやろうぜ!”と強く感じているんです。この『ホフマン物語』で、思い切り脱皮したい」

 ─歌手として最良の時を迎え、さらなる地平へ。樋口達哉の拓く幻想美に驚かせていただこう。

樋口 達哉(ひぐち たつや) テノール
武蔵野音楽大学卒業、同大学大学院修了。エンリーコ・カルーソー国際声楽コンクール最高位。ハンガリー国立歌劇場『ラ・ボエーム』ロドルフォで欧州デビュー。ロヴェレート市立歌劇場、ドニゼッティ歌劇場、ミラノ・スカラ座、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、国立ヴェルディ音楽院、ロンバルディア音楽フェスティヴァルなど出演。2010年『ファウストの劫罰』タイトルロール、2013年『こうもり』アルフレードなどに出演。ヴォーカル・ユニット「The JADE(ザ・ジェイド)」メンバー。
二期会会員



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