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オペラを楽しむ

幻想美あふれるスペクタクルな世界『ホフマン物語』
オペレッタの王が遺した、最初で最後の本格オペラ

文=横堀朱美

ホフマンが語る3つの失恋話
 モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』に出演中の歌姫ステラに横恋慕する政治家リンドルフは、彼女の召使を買収し、ステラが青年詩人ホフマンに宛てて逢引の時間を書き記した手紙を手に入れて、ホフマンを行かせまいと策略を巡らします。そんなこととは知らず、歌劇場に隣接する酒場に友人ニクラウスとともに現れたホフマンは、酒場にたむろしていた学生たちにせがまれて3つの失恋話を語りはじめます。

 第1話はオランピア。ホフマンは、物理学者兼発明家スパランツァーニ教授の娘(実は機械仕掛けの自動人形)オランピアに一目惚れします。夜会でホフマンは彼女と踊りますが、代金を払わない教授に腹を立てた人形細工師コッペリウスに壊されてしまいます。

 第2話はジュリエッタ。ヴェネツィアの大運河に面して建つ高級娼婦ジュリエッタの館には享楽と退廃の匂いがたちこめています。快楽に生きるジュリエッタは人の影(魂)を集める魔術師ダペルトゥットの手下です。友人ニクラウスの忠告に耳を貸さず、ジュリエッタの妖艶な誘惑に負けて、ホフマンも一度は影を奪われますが、彼女は魔術師とともに去り、あやうく難を逃れます。

 第3話はアントニア。ミュンヘンの音楽家(版により上院議員)クレスペルの娘で、歌手だった母親譲りの美声を持ち、胸を病むアントニアは恋人ホフマンとともに愛の喜びを歌います。父親は、病弱な娘の身を案じ、歌を禁じますが、奇怪な医学博士ミラクルにそそのかされた彼女は、取り憑かれたように歌い続け、やがて息絶えます。

 再び酒場の場面にもどります。ホフマンは失恋話を語り終え、酔いつぶれます。舞台を終えて酒場に現れた歌姫ステラは、泥酔したホフマンに幻滅して、リンドルフとともに立ち去ります。すると、友人ニクラウスは芸術の精・ミューズの姿となり、ホフマンに「今後はその情熱を芸術に捧げなさい」と語りかけます。

舞台写真提供すべて公益財団法人愛知県文化振興事業団 撮影:中川幸作

オッフェンバック:歌劇『ホフマン物語』について
 歌劇『ホフマン物語』は、数々の名作オペレッタを生み出した“フランス・オペレッタの王”ジャック・オッフェンバック(1819~1880)が遺した最初で最後の本格オペラです。
 文筆家、音楽家、画家、法律家として多分野に盛名を馳せたE.T.A.ホフマン(1776~1822)の怪奇的で幻想的な短編小説篇に基づいてJ.バルビエとM.カレが翻案した戯曲により、オッフェンバックは念願のオペラに着手しましたが、完成を待たず他界してしまいました。未完の部分を友人で作曲家のエルネスト・ギロー(1837~1892)が補筆完成し、1881年2月10日にパリ・オペラ・コミック座で初演され、同年中に100回以上も上演される大成功を収めました。
 1881年のパリ初演はセリフと歌によるオペラ・コミック版で上演され、同年のウィーン初演はドイツ語訳のレチタティーヴォ(叙唱)によるグランド・オペラ版で上演されました。しかしそのときの楽譜は散逸してしまいました。未完のままオッフェンバックが亡くなり、彼自身による決定稿が存在しないため、初演直後から上演のたびに加筆や改訂が行われ、世界中でさまざまな『ホフマン物語』が上演されています。ここでは全4幕版で上演されますが、他にもプロローグとエピローグ付き3幕版や全5幕版など、色々な版が存在しており、版によっては第2話と第3話が入れ替わったり、登場人物の異なっているものもあります。また最近になって数々の資料が発見される(2004年にもパリ・オペラ座の書庫で作曲者自身の加筆のある筆写譜の一部が見つかる)など、いまだ未知の部分が多い作品です。

ジャック・オッフェンバック
(1819~1880年)
ドイツ生まれの作曲家。『ホフマン物語』の完成を前に1880年10月5日死去。
photo by Felix Nadar

エルネスト・ギロー
(1837~1892年)
オッフェンバック亡き後、遺志を継ぎ『ホフマン物語』を完成。
photo by G.Camus

パリ・オペラ・コミック座
1881年2月『ホフマン物語』が初演された劇場。

パリ・オペラ座
パリにある歌劇場。2004年、焼失したとみられていた初演楽譜がパリ・オペラ座の書庫より発見。

甘美で幻想的な魅惑の世界
 フランス音楽のスペシャリストであるマエストロ、生粋のパリジャンで今年80歳を迎えるフランスの巨匠指揮者ミシェル・プラッソンが、細部まで目配りの効いた指揮で美しく洒落た音楽を生み出し、3つのオムニバスドラマで構成された『ホフマン物語』の幻想美あふれるスペクタクルな世界に誘います。その洗練された美感とともに、日本を代表する名演出家、粟國淳の優れた演出によるスケールの大きな舞台はもちろんのこと、二期会屈指の歌唱陣が素晴らしい名唱と演技力をもってそれぞれの役柄を歌いだして、このうえない魅力を味わわせてくれます。
 『ホフマン物語』には、ホフマンが歌う愉快な小唄〈クラインザックの物語〉、オランピアがコロラトゥーラの技巧を巧みに使って小鳥のように軽やかに華やかに歌う〈森の小鳥はあこがれを歌う〉、ジュリエッタとニクラウスによる美しい二重唱〈美しい夜、おお、恋の夜〉(〈ホフマンの舟歌〉)、魔術師ダペルトゥットが宝石と引き換えにホフマンを誘惑するようジュリエッタに命じて歌う〈きらめけ、ダイヤモンドよ〉、アントニアがハープシコードの弾き語りで歌う〈逃げてしまったの、雉鳥は〉など名歌が多数あり、見どころ&聴きどころ満載の甘美で幻想的なオペラです。


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