不思議で魅力的な 文=室田尚子 『天国と地獄』をはじめとする数多くのオペレッタをヒットさせ、19世紀後半のパリで「シャンゼリゼのモーツァルト」とよばれたジャック・オッフェンバック。彼がのこしたただひとつのオペラが『ホフマン物語』です。原作は、ドイツ・ロマン派の詩人であり、作曲家でもあったE.T.A.ホフマンが書いた3つの小説。幻想的で不気味な作風で有名なホフマンの小説がもとになっているだけあって、オッフェンバックのオペラも、とびぬけて不思議な味わいをもった作品となっています。 三つの「コイバナ」 物語は、詩人で音楽家のホフマンが過去に恋した三人の女性―――自動人形オランピア、高級娼婦ジュリエッタ、歌姫アントニアとの顛末を語る、というかたちで進んでいきます。いわば、今でいうところの「コイバナ」なわけですが、現代の若者たちと違い、ホフマンのコイバナには常に暗い影がつきまとっています。 |
愛知県文化振興事業団 失恋の裏側にあるもの ホフマンの三つの恋は、いずれも成就することはありません。過去の失われた恋の話ですから楽しいはずはないのですが、そこには単なる失恋以上の、なにかもっと深い意味が感じられます。それは、この三つの恋が、芸術の女神ミューズと悪魔との駆け引きに左右されているからにほかなりません。ミューズはホフマンの親友ニクラウスの姿になり、詩人で音楽家であるホフマンを守りながら、恋に生きるより芸術の道に彼を引き戻そうとしています。一方悪魔は、リンドルフ、コッペリウス、ダペルトゥット、ミラクル博士へと姿を変え(すべてひとりの歌手が歌うのもみどころ)、恋敵となってホフマンの運命を操ります。つまり、ホフマンの物語は、ただの夢見がちな男性のコイバナではなく、「愛」と「芸術」との葛藤の中で人が生きることの意味を問いかける物語、ということができるのです。 音楽に酔いしれる。 こう書くと、何やら難しいドラマのようですが、音楽を書いたのが他ならぬオッフェンバックだということに注目してください。有名な『天国と地獄』のフレンチ・カンカンを思い出していただければわかりますが、オッフェンバックの音楽はとにもかくにも美しく、聴いていて心地よいのが特徴。『ホフマン物語』も、全編に流れる音楽はどこをとっても魅力的なものばかり。また、一度聴いたら忘れられないナンバーもそろっています。ホフマンが酒場でみんなに歌ってきかせる「クラインザックの物語」は、「クリック、クラック」というリズミカルな合いの手が盛り上がりますし、オランピアが歌うアリアは、いかにも自動人形らしい超絶技巧がふんだんに盛り込まれ、歌手にとっては聴かせどころの名曲です。中でも特に有名なのが、ジュリエッタとニクラウスによって歌われる「ホフマンの舟歌」。ゴンドラで河を渡っていくゆったりとしたリズムにのって、幻想的で魅惑的な夜の情景が描かれていきます。 |
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