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オペラを楽しむ

『こうもり』キャストインタビュー

幸田浩子・小貫岩夫

文=室田尚子

写真:福水 託

幸田 浩子
人の歌声が持つ力、音楽の力に魅せられて

 国内外の歌劇場で活躍するだけでなく、テレビやラジオにも引っぱりだこで、オペラ・ファンならずとも日本中にその名を知られている幸田浩子さん。『こうもり』のアデーレは彼女の持ち役かと思いきや、意外にも、全曲を通して演じるのは初めてだという。

「コンサートでアリアを取り上げることが多いせいか、みなさん、アデーレにピッタリとおっしゃって下さるんですけれども、オペレッタの舞台上演は今回が初めてなんです」

 ウィーン・フォルクスオーパーの専属歌手だった時代から、『こうもり』は数えきれないほど観てきたという幸田さんだから、アデーレという役のイメージは固まっていそうだが。

「実際に台本が仕上がってきてから役作りに入るつもりです。ただ、エネルギーがあってバイタリティに溢れ、機転がきく女性なのは間違いないですよね。それに、アデーレは小間使いという身分ですが、それに甘んじることなく、不屈の精神をもって常に前向きに生きている。そんな魅力を表現できたらいいな、と思っています」

 二期会は伝統的にオペレッタを日本語で上演してきた。今回は、二期会創設者のひとり、中山悌一訳による伝統の歌詞に、演出の白井晃さんが新しくセリフを書き下ろす。

「白井さんがお書きになるセリフと、伝統的な歌詞がどう繋がっていくのか、とても興味があります。元々、オペラという芸術は、言葉と音楽とのつながりがとても密接なものですから、訳詞にすると作曲家が意図したリズム感が損なわれてしまう危険があります。けれど、二期会は敢えてそれに挑戦してきました。そこに、大きな意味があると思うのです。実は震災以降、色々なコンサートに出演させていただくたびに、日本のお客様に日本語で音楽をお届けすることの大切さをずっと感じてきました。日本語の歌を歌うと、お客様と同じ時、同じ空間を共有できるよろこびが、より強く迫ってくるのです」

 『こうもり』には聖人も極悪人も登場しない。フツウの人のちょっとダメなところ、ちょっと悪いところがコミカルに描かれる。「観終わった後、お客様に、色々あるけれど明日もがんばろう、って笑顔で思っていただけるような、そんな力がある」作品。それは、音楽とお芝居という、2つの要素がまるで車の両輪のように微妙なバランスで結びついているからなのだと、幸田さんは言う。白井晃さんのもと、共演者たちと一緒にそのバランスをどう舞台で表現していくか、そのプロセスを「とても楽しみ」と語る幸田さんは、やはり天性の表現者なのだろう。

 ミュージカルの経験も多い幸田さんだから、お芝居にも才能があるに違いないと思い、女優デビューは?とミーハーな質問を投げかけると、笑いながらこう答えてくれた。

「私は何よりも音楽がもっている力、人の歌声がもっている力に魅了されます。だから、やっぱりオペラが大好きなんです。オペラの中に表現されている、音楽とフックしている人の心の機微に、ずっとたずさわって生きていきたいのです」

幸田 浩子(こうだ ひろこ) ソプラノ
東京芸術大学を首席卒業。同大学院、文化庁オペラ研修所修了。ボローニャ、ウィーンに留学。数々の国際コンクールで上位入賞後、欧州の主要歌劇場へ次々とデビュー。2000年名門ウィーン・フォルクスオーパーと専属契約し、数々の演目に出演。国内でも新国立劇場、二期会公演で主役級を演じる。メディアへの登場も多く、NHK-FM「気ままにクラシック」で人気を博した他、今年10月からはBSフジの新番組「レシピアン」にMCとしてレギュラー出演中。11月21日にはウィーンでレコーディングをした5thCD≪ワルツの夢〜幸田浩子・イン・ウィーン≫をリリース。
http://columbia.jp/koudahiroko/
二期会会員

写真:広瀬克昭

小貫 岩夫
喜劇の中にも“人間の本質”を
映し出していく表現を

 「正統的なテノール」とはどんな人?とたずねられたら、真っ先に小貫岩夫さんを紹介したい。まろやかな美声、凛とした雰囲気、そして貴公子を思わせる甘いマスク。現在、二期会の最前線にいる「旬のテノール」である。そんな小貫さんが今回挑戦するのは、『こうもり』の陽気で浮気性の主人公、アイゼンシュタインだ。

「アイゼンシュタインという人は、年齢も重ねていて地位もプライドもある大人の男。でも、根っこの部分では、女の人が好きだったり、パーティーに誘われたら嬉々として出かけたり、と、楽しいことも大好き。この物語上は、そういう根っこの部分しか描かれていませんが、実は世間的にもそれなりの立場にある、というところも意識して演じたいと思っています」

 単なる浮気性の軽い男に終わらない、「大人の男」ならではの芯を感じさせる存在、ということだろう。何事にも真面目な小貫さんらしい解釈である。

「それと、アイゼンシュタインという役は、テノール、バリトンのどちらも歌うことがあります。今回も、バリトンの萩原潤さんとのダブルキャスト。バリトンは堂々とした性格を表現するにはあっていますが、音域的に高いところが出る人でないと難しい。逆にテノールは、声が“若い”という弱点がある。いかに年相応の表現ができるかが鍵になると思います」

 しかも、アイゼンシュタインにはアリアが1曲も与えられていない(重唱はいくつもあるが)ので、音楽的な聴かせどころが少ない。つまり、お芝居の比重が大きいのだが、そちらに比重を置きすぎると声が犠牲になってしまうという落とし穴がある、という。

「二期会の『こうもり』は、全曲日本語上演。歌うときの日本語と、お芝居の時の日本語では、発声も変わってきます。歌のコンディションを第一に考えると声に負担のかからない芝居をすることになるんですが、僕はやはり、芝居としての面白さも追求したい。特に今回は、東京文化会館という大きなホールでの上演ですから、声にかかる負担はかなり大きいものになるのを覚悟しています」

 なるほど、多くの歌手が「日本語は難しい」と異口同音に語るのは、そういう理由があるからなのか。「でも」と、小貫さんは続けた。「歌い手としては、自分が生まれ育ってきた言葉で演じられるというのは、大きなメリットがあるのも事実。だから僕は、日本語で歌うのがとても好きですよ」

 やはり、小貫岩夫は「王子様」である。こんなセリフをさらりと言ってしまうとは。この人が演じるアイゼンシュタインにますます興味が湧いてきた。

「『こうもり』の登場人物は、それぞれ、別人を装っています。けれども、その装った自分、つまり“ウソの自分”でいる時の行動に、実はいちばん“本当の自分”があらわれている、というところがこの作品の面白さです。単なるドタバタ喜劇ではなく、そういう人間の本質が垣間見える作品にしていきたいですね」

 小貫さん、舞台の上であなたの「本質」をみせてもらえるのを楽しみにしています!

小貫 岩夫(おぬき いわお) テノール
同志社大学卒業後、大阪音楽大学首席卒業。在学中に、堺シティオペラ『魔笛』タミーノ役に抜擢されデビュー。この成功により、独ケムニッツ市立歌劇場から招聘を受ける。その後文化庁派遣芸術家在外研修員としてミラノへ留学。2000年、R.シュトラウス『サロメ』で新国立劇場デビューを飾り、その後二期会を中心に数々のオペラに出演。「第九」「メサイア」「レクイエム」(ヴェルディ、モーツァル)にも実績があり、NHK-FM「名曲リサイタル」に出演。凛々しい美声が魅力の旬のテナーである。
二期会会員



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