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オペラを楽しむ

じっくりと熟成させて取り組む『こうもり』
大植英次が日本で初めてオペラを振る!

取材・文=出水奈美(毎日新聞 学芸部)
写真=広瀬克昭


 この春、9年間務めた大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督の座を退き、桂冠指揮者に就いた大植英次が、いよいよ日本で初めてオーケストラピットに入る。選んだ作品は東京二期会の『こうもり』。演出を手がける白井晃との初顔合わせを終えた直後の大植に、意気込みを聞いた。

「お話をいただいて、真っ先に頭に浮かんだのは二期会への尊敬の気持ちなんです。最初は16人の声楽家でスタートして、60年経った今、日本に定着しているという団体。おべんちゃらでも何でもなく、本当にすごいと思う。大フィルの音楽監督を引き受ける時も、まずは創設者の朝比奈隆先生への敬意がありました。二期会と朝比奈先生、どちらも商売ではなく音楽が好きだから、自分たちが金を出してでもやるという気持ちですよね。そういう純粋な熱意に、僕は頭が下がります」

 05年、日本人として初めてバイロイト音楽祭で『トリスタンとイゾルデ』を指揮。日本では大阪フィルの定期演奏会で、04年に『サムソンとデリラ』、05年に『トスカ』を演奏会形式で取り上げ、チケットが争奪戦になるほど盛り上がった。以来、ドイツ、スペイン、日本と3楽団のポストを兼任して多忙を極める時期が続き、残念ながら日本でのオペラ指揮からは遠ざかっていた。

「オペラは熟成させるまでに時間がかかりますからね。7〜8か月間は勉強して創り上げたい。じゃないと僕は納得できない。中途半端は嫌なんです。厳選して、集中して、じっくりと取り組みたいんです」

 探求心が強く、世界各地の図書館を訪ねてあまり知られていない作品を掘り出したり、作曲家の手書きの楽譜から読み取った新解釈をステージで披露することも多い大植。近年は「研究にもっと時間をあてたい」と口にする機会も増えていた。そんな思いのなかで、選んだ作品が『こうもり』だ。

「僕はタングルウッド音楽祭でバーンスタイン先生に出会って、81年にザルツブルク・モーツァルテウム指揮者コンクールで第1位になるまでの間、先生について世界中を回っていました。その期間にウィーンのフォルクスオーパーで『こうもり』を観たんです。僕がヨーロッパで初めて観たオペレッタ。これが楽しかった! ベートーヴェンは最後に『the comedy is over.(喜劇は終わった)』と口にしたと言われているけど、僕は言いたい。『the comedy is not over.(喜劇は終わらない)』とね。生きているといろんなことがある、でも『こうもり』を観ている時間はそれも消えて幸せな気持ちになれる。東日本大震災があって、今、日本に大切なものはスマイルだと思うから。この作品が求められている時代なんじゃないでしょうか」

 初対面となった白井晃との打ち合わせでは、アイデアをぶつけ合って終了した。

「白井さんとお話して、今回はオリジナルの3幕でやることに、僕も賛成しました。日本語上演でせりふの部分は白井さんが書く、というのも大賛成。『もう思いつくことは全部やってください』とね。オペレッタには無限の可能性がある。もちろんオリジナルは大切にするけど、新しいフレーバーを加えないとね。伝統的でありながら、斬新でパンチの効いたアイデアを散りばめる。僕もいろいろ考えなくちゃね。人気のある二期会が、創立61年、61を逆さまにすると16だから、1616(いろいろ)なアイデアで・・・・・・(と語呂合わせをブツブツ)・・・・・・」

 こんな少年のような遊び心と好奇心、旺盛なサービス精神は、大植を語るうえで外せないキーワード。大植が立ち上げた初秋の音楽イベント「大阪クラシック」では今年、見学に来ていた橋下徹・大阪市長を舞台上に呼び出して(このご時世に!)、「府の長と市の長を経験された橋下さんには“不死鳥”がふさわしいですね」と言って不死鳥のプラモデルをプレゼント。市長も「“不幸せ(府市合わせ)”とよく言われるのに・・・・・・」と思わず顔をほころばせる一幕もあり、大きな話題になった。

「僕は、みなさんに笑顔になっていただきたいんですよ。劇場にいる最初から最後まで楽しんでいただいて、ここにいる時間は何も心配しなくていい、平和なひとときを提供したいんです。日本人に限りなく遠い世界のようで、実は日本の日常生活に限りなく近い世界が描かれているのが『こうもり』。敷居が高いとか、品格が高いとか、日本のオペラの状況にはいろいろあると思いますが、モーツァルトが楽章間で拍手をもらってうれしかったという手紙を残しているように、僕はいいと思ったらどこで拍手してもらってもいいと思う。そんな気楽な憩いの場を作るのに最適な演目が『こうもり』だと思います」


大植 英次(おおうえ えいじ)
広島市出身。大阪フィルハーモニー交響楽団桂冠指揮者、ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー名誉指揮者。これまでにバッファロー・フィル準指揮者、エリー・フィル音楽監督、ミネソタ管音楽監督、バルセロナ響音楽監督などを務め、ハノーファー音楽大学の終身正教授も務めている。ミネソタ管とのCDはグラミー賞を受賞。06年大阪芸術賞特別賞、齋藤秀雄メモリアル基金賞受賞。09年ニーダーザクセン州功労勲章・一等功労十字章受章。



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