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『メデア』キャストインタビュー

飯田みち代・宮本益光

文=山崎浩太郎

写真:福水 託

飯田みち代
存在だけですべての美徳をそなえた
女性を表現したい

─『メデア』初演まで5か月を切ったところ(このインタビューは6月に行いました)ですが、役作りは進んでいますか。
 自分のなかではできています。もちろん、演出家のお考えもあるので、それをうかがわねばなりませんけれど。
 基になったエウリピデスのギリシャ悲劇と、オペラの直接の原作であるグリルパルツァーの戯曲《金羊皮》を読んでみました。戯曲は古いドイツ語で書かれていて、辞書にのってない言葉が出てきたりして大変だったのですが、作曲家は作曲の前に原作を読んでいるわけですから、自分も音楽より前に原作を知りたかったのです。基のギリシャ悲劇から、何を変えたかを調べていくうちに、メデア像が固まってきました。

─なるほど。どのように変わっていたのですか。
 日本で一般に知られているのはギリシャ悲劇の方だと思いますが、グリルパルツァーの戯曲は少し筋が違っています。
 ギリシャ悲劇のメデアは父や弟を殺すなど、目的のためには手段を選ばない人物なのですが、戯曲ではそうではない。父や弟は自分たちで死んだのに、彼女のせいにされてしまう。そうして追い込まれていく心理が、女性らしさとともに、とてもうまく表現されている。同時に、保身に走りながらも目の前の女も好きという、身勝手な男性の心情もこまかく書かれている。グリルパルツァーは人嫌いだったそうですが、人の心を読めすぎて、いやになったのかも知れませんね(笑)。
 メデアは王女として生まれ、神の血をひくと信じ、誇り高い。医学も身につけていて、とても賢い。しかし結婚にあたってそうした知識を封印して、男にとってかわいいタイプになろうと努力します。その代りに何も望まない。つくす美徳の持ち主なのです。
 ところが、裏切られる。自分の生んだ2人の男の子も取りあげられる。女性にとっていちばんつらいのは、子供を取りあげられることです。その子たちも、継母に実子ができたら、奴隷に落とされてしまう。それよりは自分の手で神の国に送ろうと、メデアは決意するのです。ただ自分が死んでしまっても、卑怯者の男は何も痛くない。プライドを取り戻し、男の行為への報いとして、子供を殺すのです。
 愛することの反対は憎しみではなく、無関心ですね。憎しみというのは、愛の形の一つでしょう。メデアの思いはそのように変わっていく。グリルパルツァーが書きたかったのは単なる恐ろしい女の話ではないのです。だからこそ作曲家も、グリルパルツァーの戯曲を原作にしたのだと思います。
 なぜか私は怖い女の役ばかりいただきまして、悪女専科などと呼ばれるのですが(笑)、こう考えると、メデアはただ恐ろしい女ではなく、美しい、気高い女だった。その存在だけで、すべての美徳をそなえた女性だと感じさせる。そのようにお客様に理解してもらうには、一目でそう見えなくてはいけない。
 そのような気品を感じさせるためには、ヨーロッパの貴族のような姿勢のよさを身につけなければと思いまして、出演が決まるとすぐ、去年の10月から社交ダンスを始めました。時間のあるかぎり、毎日通っています。

飯田みち代(いいだ みちよ) ソプラノ
京都府出身。京都大学教育学部心理学科卒業。1990年日本イタリア声楽コンソルソ金賞受賞以来、飯塚新人コンクール大賞、など多数受賞。『ヘンゼルとグレーテル』グレーテルでオペラデビュー。超難役『ルル』(日生劇場/二期会、びわ湖ホール)での活躍は独特の魅力を放ち絶賛された。自在なテクニックと心理的アプローチによるきめ細やかな演唱に定評がある。また、アルマ・マーラー作品のリートなどを取り上げたコンサートなども意欲的に開催。
二期会会員

写真:広瀬克昭

宮本益光
「ドラマを見た」と感じてもらえる
ライマンのオペラ

─『メデア』の夫、イヤソンの役作りは進んでいますか。
 大変な役なので、早く準備をと思いました。5月の末にウィーンに行き、2週間の合宿のような感じで、ウィーン国立歌劇場での世界初演のコレペティを担当されたマッツ・クヌッツソンさんから、イヤソンの役を学んできました。
 役を初めから海外で準備するのは、これが初めてです。それまで、譜面をみてもどうも音楽がわいてこない、歌ってくれと語りかけてこない印象でした。これまで歌ってきた作品にはない節回し、言葉と旋律の結びつきをもった音楽なのです。ところが、クヌッツソンさんの弾くピアノを聴いたら、すごい音楽に感じられた。この音楽を嬉々として、楽しんで弾いている人がいる。それを聴いて、自分も同じように乗っかりたいと思いました。そこから、譜面が持つ力に少しずつ触れて、いま、ちょっと友達になりかかっているところです。できれば9月にもう一度ウィーンに行き、コーチしていただくつもりです。

─ライマンのオペラとは、どんなものなのでしょうか。
 音の使いかたが独特で、ライマンのスタイルというものがある。そして、ドラマと深く結びついている。モーツァルトやブリテンのオペラにも共通する、ドラマを成立させるために音楽がある、そういう凄みを感じます。
 アリアのような、時間の流れを停止させて、感情を強調するための音楽ではないんです。ドラマの時間はちゃんと流れている。
 感情や性格は、歌手の方が歌役者として、きちんと表出しなければいけない。そういう怖さがあります。ただ表面をなぞって歌うだけなら、どこも一緒みたいになる。でも歌い手によって、役者によって、表出するものが右に行ったり左に行ったり、ちがってくる。その意味で、音楽自体は先へ進んだものだけれども、歌手としては芝居の原点にたちかえる必要がある。血を吐くような思いを表出してこそ、「ドラマを見た」とお客さんが感じてくれるのではないかと思います。
 私が歌うイヤソンは、現実的な役です。お客さんが感情移入するのはメデアだろうけど、現実にいるのはイヤソンですね。人間のあざとさや、権力におもねったり、誰もが持っている卑しさがあって、それがドラマの歯車を動かす要因になる。すべては自業自得。エンディングに与えられる歌もいいので、やりがいがあります。

─『メデア』のあと、来年2月には『こうもり』にもご出演なさいますね。
 こちらはまた違った意味で、やりがいがあります。
 自分は日本語そのものに興味があり、その研究と実践をライフワークとしています。音韻や言語感覚の点で考えてみると、今回の『こうもり』の日本語訳詞(中山悌一訳)は素晴らしい。言葉や言い回しが古いという意見もありますけれど、音符と日本語の、音声学から見たときの合致が、見事なんです。
 その訳詞による、二期会伝統の上演に参加して、しかも立川清登さんが得意とされた役で舞台に立てるのは、本当に嬉しいことです。

宮本益光(みやもと ますみつ) バリトン
愛媛県出身。東京芸術大学卒業、同大学院博士課程修了。2003年『欲望という名の電車』スタンリー役で脚光を浴び、翌年の宮本亜門演出『ドン・ジョヴァンニ』で衝撃的な二期会デビューを果たす。その後も常に大舞台で活躍し、近年、『ラ・ボエーム』、新国立劇場『鹿鳴館』、日生劇場『オルフェオとエウリディーチェ』等に出演。銀座王子ホール「宮本益光の王子な午後」は連続13回目を迎える。
2012年2月、CD「碧のイタリア歌曲」をオクタヴィア・レコードより 絶賛好評発売中。http://www.mas-mits.com/
二期会会員



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