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オペラを楽しむ

『パルジファル』キャストインタビュー

片寄純也・橋爪ゆか

文=山野雄大 写真=広瀬克昭

片寄 純也
無垢な存在と劇的な変容を—その重厚なる挑戦

 昨年、ペーター・コンヴィチュニーの演出と共にその壮烈な舞台が話題を呼んだ東京二期会の『サロメ』。「あの作品でヘロデを演らせていただいたことが大きな転機になりました」と語るのは、いよいよ旬を迎える片寄純也。舞台の鮮烈な印象を生々しくご記憶のかたも多いと思うが、「なにしろ演出があの鬼才ですから、最初からヘロデが歌い出すまでの40分間もずっと演技がついているんです。歌うこと以上に演ることがあまりに多いので(笑)もう一生懸命。〈演技をする〉とはどういうことなのか、もう一度考えさせられた経験でした。しかもコンヴィチュニーさんに“指揮者を見るな”と言われていたので、もう大変!」
 朗らかに振り返る片寄、イタリアオペラでの活躍を重ねていたデビュー期から、ドイツオペラで新境地をひらくきっかけになったのはワーグナー作品だったという。「『タンホイザー』[1999年二期会]のアンダースタディに入れていただいた時、初めてドイツ語のオペラを歌ったんです。その時は発音も発声もまだイタリア風で、そこから一生懸命勉強しました。歌いっぱなしで殺人的に苦しい箇所が繰り返し来るオペラで、酸欠になりそうでしたねぇ」
 2000年の二期会創立50周年記念『ニュルンベルクのマイスタージンガー』への出演や、同じ年の「『さまよえるオランダ人』[首都オペラ]でエリックを演じた時、ドイツで長らく振っていらっしゃる指揮の児玉宏さんにいろいろ教えていただきました」と振り返りつつ、今回は遂に『パルジファル』のタイトルロールという難役だ。
「今回指揮される飯守泰次郎先生とは、『パルジファル』[2005年東京シティ・フィル創立30周年]の小姓役をいただいた時が最初の舞台でした。発音など細かく指導していただいたのですが、なにしろ日本のワーグナー指揮の第一人者でいらっしゃいますから、今回たくさん学ばせていただければと」と意欲みなぎる。「なにしろ歌う量が半端じゃなく多い(笑)。初期のワーグナー作品よりも音程的な跳躍に難しい箇所が多いので、レガートに歌いにくくても滑らかに歌わなければならなかったり、まず譜面上も大変なのですが‥‥」と明るく笑いながら、「〈救済〉というテーマが根本にあるこの『パルジファル』には、言葉にできないものが多々あるように感じます」と言う。「自分が言葉として発してしまうと軽くなってしまう‥‥相手に語らないほうがいいのかも知れない、と思うほど重厚な作品です。どこから来たのかも分からない愚か者のパルジファルにどんどん知恵がついていって、クンドリの接吻でぱーん!と覚醒する‥‥彼は本当の愚か者ではなく無垢な存在ということですから、その変化をどう表現するのかは本当に難しい。無垢な彼の全身にいきなり〈知〉が入ってくるという劇的なエネルギーの変化があるわけですから、こんな役はなかなかないですよね。でも、私が歌手として、現場で指揮者や演出家や歌手の皆さんと出逢うことで成長していくのと、ちょっと通じるところがあるのかも知れません」
 ちなみに、彼がオペラ歌手への道を歩み出したきっかけは、家にあったマリオ・デル・モナコやフランコ・コレッリのレコードを聴いて衝撃を受けたことだったという片寄。「中学の音楽教師をしていた母が、かつてデル・モナコの来日公演を聴いて感動し、いつか息子に声楽をと思っていたそうで、歌を始めた私へのアドバイスも厳しく今でもダメ出しされます(笑)」
 テノールの〈声〉に魅せられて音楽の道へ惹き込まれた彼が、いまこうしてワーグナーの深遠壮大な世界で、無垢の変容を歌い演じきる。「20歳代で出来なかったことが30歳代で出来てくる、でも先にまた壁が見えるのでまたそれを乗り越えてゆく‥‥その繰り返しですね」
 凛と語る目に、渾身のパルジファルへの意欲がみなぎる。

片寄純也(かたよせ じゅんや) テノール
島根県出身。国立音楽大学卒業。二期会オペラ研修所修了。97年オーチャードホールでの『椿姫』アルフレードに抜擢され、外国人キャストと共演し好評を博す。02年二期会創立50周年記念『ニュルンベルクのマイスタージンガー』、05年同『椿姫』などに、11年2月二期会『サロメ』では大役ヘロデに出演。わが国はもとより世界的にも貴重なスピントの魅力に恵まれ、今後の活躍が大いに期待されるテノールである。
二期会会員

橋爪 ゆか
入り組んだ感情のすべてを、迫真の演技で描きだす

「どんなクンドリになってゆくのかが自分で楽しみ‥‥というのも変ですが」と楽しそうな笑顔の橋爪ゆか。モーツァルトから現代オペラまで幅広く演じてきた彼女は、体当たりでキャラクターの内面を掴みだす。その迫真の演技が絶賛を集めてきた素晴らしいソプラノだ。ところがご本人は「私は小さい頃から引っ込み思案で、演技は凄く苦手だったんです(笑)」というから不思議なものだ。
「歌は大好きだったのに、演技となると何をしたらいいのか分からなくて。ところが、ウィーンに留学して毎週のようにオペラを観ていたら‥‥目から入ってくるものは大きかったですね」と、名歌手たちの舞台を浴びるように経験したことで〈オペラの演技〉に開眼。
「『さまよえるオランダ人』[2005年二期会]でゼンタのカヴァーをさせていただいた時、演出の渡辺和子さんがとても自由にさせてくださるかたで、そこでも〈楽譜から演技を創り上げる〉ことの面白さを学びました。でも、立ち稽古の最初の方では、演出家の先生の意図に対応できるように真っ白の状態です。自分の中から感情が生まれてくるのを待って、そこに色付けをしてゆく。──どちらかというと、好きだ、嫌いだ、殺す!みたいなオペラのほうが私には合っているのかも知れませんが(笑)、自分には『蝶々夫人』などしっくりきましたし『オランダ人』や『ワルキューレ』などワーグナー作品は、自分にとっていい感じではまってきたように感じています」
『恋はご法度(恋愛禁制)』[1998年東京オペラプロデュース(=以下TOP)]などワーグナー経験も重ね、今年11月の山形交響楽団定期でも『オランダ人』(演奏会形式上演)のゼンタを歌うことになっている。それに先立つこの9月、東京二期会の創立60周年を記念するワーグナー最後の大作『パルジファル』公演で作品世界の壮大な苦悩を彷徨う大役・クンドリを演じるのだから凄い。
「もちろん音楽的にも厚いオペラですし、このクンドリは感情的にたいへん入り組んだ役です。ピアニシモからフォルテシモまで使いわけながら、非常に幅広い感情の違いをすべて表現しなければいけませんね。‥‥なにしろとても長いですからまず体力勝負ですけど」と笑う橋爪。上演時間5時間に及ぶこの舞台神聖祭典劇の壮大な起伏と謎、その深みをリードし続ける大役に、彼女の迫真の演技が宿る。「クンドリは言葉で〈苦しみ〉と言ってしまうと浅くなってしまうものを内面に持ちながら、どんどん豹変してゆくスケールの大きい存在。第3幕になると中性的な印象もあるのですが、第1幕は男性的ですらありますし、第2幕でパルジファルを誘惑するところは凄く女性的ですし‥‥魔法などに支配され続けながら救いを求めている彼女が持つ〈男性社会の中で抑圧される女性性〉も重要でしょうね」
 今回の指揮者、飯守泰次郎とは「先生の指揮された『ワルキューレ』[2008年二期会]でジークリンデを演らさせていただいたとき、音楽的なフレーズのつくりかたはもちろん〈言葉を喋って音楽を伝える〉ことの大切さを学ばせていただきました」という。「飯守先生の指揮には本当に感動しました! ふだん穏やかでいらっしゃるのに、底から湧き出してくるような音楽をつくられる。オーケストラの色まで変わるような‥‥指揮を超越したような演奏に凄く驚いて、先生の頭の中はいったいどうなっているのかと思いました。バイロイトの匂いがする音楽、を感じますね」
 マエストロ飯守の深い音楽と共に、彼女のクンドリが新たな可能性を拓いてくれるだろう。
「公演に向けて、クンドリという〈人間〉をじっくりとつくっていきたいです。──ワーグナーって、楽譜はヴェルディより薄かったりするのですが、演り始めるといつまでも終わらない(笑)。本当は凄く厚い楽譜なんですよね」

橋爪ゆか(はしづめ ゆか) ソプラノ
長野県出身。東京芸大卒同大学院修了。文化庁オペラ研修所修了。95年文化庁在外研修員としてウィーンに留学。94年二期会『魔弾の射手』(演奏会形式)アガーテで本格的デビュー、卓越した表現で喝采を浴び、2001年『二人のフォスカリ』〔TOP〕では難役ルクレツィアを見事に演じ、08年二期会『ワルキューレ』ジークリンデは新聞紙上でも絶賛された。昨年7月『ブリーカー街の聖女』〔TOP〕でも多大な感銘を与えた。
二期会会員



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