TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

ENGLISH

オペラを楽しむ

『カヴァレリア・ルスティカーナ』『パリアッチ』
公演に寄せて

文=香原斗志(オペラ評論家)

アンドレア・バッティストーニ
撮影:堀衛

青山貴
撮影:野村正則

上江隼人
撮影:三枝近志

 毎年、内外で多くのイタリアオペラを観る私が、この1年で最も心を打たれたのは、昨夏、イタリア中部のマチェラータ音楽祭で上演されたヴェルディ中期の傑作『リゴレット』だった。この作品には、先立つベルカント時代の名残である優美な旋律と、後につながる劇的な緊張が同居しているが、これまで聴いてきた演奏は大抵、そのどちらかの方向にかたよっていた。だが、その日の公演は双方向が巧みに描きわけられたうえに全体が有機的にまとめあげられ、かつ、すべての音が完璧に炊かれた魚沼産コシヒカリのように粒だっており、圧倒された。
 それはひとえに指揮者の功績だったが、聞けば弱冠24歳の青年だという。私は天才であることを確信した。この青年こそが今年2月、東京二期会でヴェルディ『ナブッコ』を振ったアンドレア・バッティストーニである。
 ヴェルディ生誕200年の前祝たる公演を、この作曲家の聖地ともいうべきパルマ王立歌劇場との提携で行ったこと自体、心憎いはからいである。しかし、それ以上に、本場イタリアから彗星のように現れた、最も旬で、最も聴きたい指揮者をいち早く招聘してくれたことに、どれほど感激したことだろうか。
 今年2月、東京文化会館のオーケストラ・ピットに立ったバッティストーニは期待に違わず、若きヴェルディの血潮そのままに作品から生命を引き出し、われらイタリアオペラのファンを興奮の坩堝(るつぼ)へと導いた。そればかりか、上江隼人や青山貴らイタリア仕込みの歌手たちにも、よい感化を与えたに違いない。このことは、近年の二期会によるイタリアオペラ上演のありようを象徴していると言えよう。

ロベルト・リッツィ=ブリニョーリ
撮影:Nikolausfoto unter d. DOB ‘Macbeth’ und d. Freunde d. Wr. Staatsoper‘Simon Boccanegra’

ジャン・ルイージ・ジェルメッティ
撮影:鍔山英次

 たとえば、指揮者に焦点を絞って、二期会が近年上演したイタリア作品を振り返ると、あらためて驚かされる。2010年2月のヴェルディ『オテロ』におけるロベルト・リッツィ=ブリニョーリは、ロマン派のオペラを得意としながらも、歌とオーケストラのバランスにうまく配慮して、イタリアらしいカンタービレを聴かせる名匠である。昨年7月の『トゥーランドット』を指揮したジャン・ルイージ・ジェルメッティは、言わずと知れた巨匠だ。オーケストラから豊かな音を導きつつも、細部まで神経が行き届いたオペラティックな感興あふれる音楽づくりで、プッチーニの絢爛たる世界を存分に味わわせてくれた。ドイツオペラに定評がある二期会だが、このところイタリアものでも、作品の持ち味を理想的に引き出すことができるすぐれた指揮者が呼ばれているのである。
 かたや演出家は、ミュージカルを中心に活躍する宮本亜門(『ラ・トラヴィアータ』)や演劇畑の白井晃(『オテロ』)、イタリア育ちの日本人である粟國淳(『トゥーランドット』)など、イタリアオペラの世界に新しい視点を持ち込みそうな人材が選ばれている。すわなち、オペラの“核”である音楽は、音楽性が高く、オペラティックで、同時にイタリアらしさが失われないよう配慮され、そこに気鋭の演出家による伝統を超えた視点が加わるわけだ。すると、たとえば『オテロ』なら、ブリニョーリの畳みかけるような音楽の緊迫感と、白井による演劇的な心理描写が相まって、あらためてヴェルディの描いた人間ドラマの奥深さに気づかされたりする。海外の歌劇場の引越し公演とは異なる、二期会によるイタリアオペラの価値がそこにある。

マスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』とレオンカヴァッロ『パリアッチ(道化師)』
(1997年2月二期会公演 演出:中村敬一)
撮影:鍔山英次

パオロ・カリニャーニ

 また、こうした舞台で歌い重ねるという経験が、出演する二期会の歌手たちにとって成長する糧になり、公演の質が次第に高まっていく正のスパイラルをもたらす、ということにも触れておかなければならないだろう。
 今年7月にはマスカーニ『カヴァレリア・ルスティカーナ』とレオンカヴァッロ『パリアッチ(道化師)』が二本立てで上演される。指揮者はミラノ生まれだがドイツ語圏などでの活躍も目立つパオロ・カリニャーニ。私はここで再び、よくぞ招聘してくれたと二期会に感謝したい。昨年、新国立劇場でモーツァルト『コジ・ファン・トゥッテ』を指揮するはずがキャンセルし、今なお日本でオペラを振っていないが、これまでフランクフルト歌劇場の音楽総監督を務めるなどオペラを知りつくし、紡ぐ音楽は劇的で、歯切れがよく、豊潤でありながら引き締まっている。モーツァルトやロッシーニでは少々筋肉質にすぎる感もあるが、イタリア伝統のカンタービレと豊かなオーケストレーションが融合したヴェリズモ・オペラであれば、カリニャーニの持ち味が最大限に発揮されるだろう。ここも適材適所である。
 このところ、二期会にはイタリア仕込みの歌手陣も増えている。あえて失礼を省みずに言えば、数年前まで、私は二期会が上演するイタリアオペラに期待を抱いた経験があまりなかったが、今は二期会に触れずして、日本におけるイタリアオペラ・シーンを語ることができなくなった。イタリア好きには、うれしいことである。


→オペラを楽しむTOP

→2012年7月公演『カヴァレリア・ルスティカーナ』
『パリアッチ(道化師)』公演詳細