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オペラを楽しむ

舞台監督が明かす『パルジファル』の舞台裏

『パルジファル』舞台監督:大仁田 雅彦

本稿写真提供:いずれもチューリヒ歌劇場

 オペラの舞台を作り上げる作業は、どのような作品でもそれぞれに難しいところがあり、これは簡単、といえるような作品ははっきりいってありません。それでも、よく上演されるオペラは、歌手のみなさんにも観客のみなさんにとってもなじみがあるわけですから、われわれ裏方も比較的やりやすさを感じます。(それゆえのむずかしさもあるのですが)その点、上演回数が少ない作品を手がけるとなると、われわれにも相応の心構えが求められます。二期会が1967年に日本初演した『パルジファル』の今回の公演までの国内での上演回数は、演奏会形式によるものを含めても、かなり少ないといえるでしょう。開場からわずか15年でワーグナーのほとんどの作品を制作・上演してきた新国立劇場でさえ、この作品だけはいまだにラインアップにあげていません。そのようなことを考えあわせますと、これから公演までの間に、われわれを待ち受けている作品の大きな壁をいかに乗り越えていくか、気が遠くなるような思いがします。
 みなさんご存知のように『パルジファル』は長大な作品です。演出家の観点からみると、作品をいかに解釈し、演出するか、というコンセプトももちろん大切だと思いますが、現代の観客、この作品に詳しくないようなお客さまにもいかに退屈させないか、ということも重要なテーマといえるでしょう。敬虔なるワグネリアンの方々からは、「『パルジファル』が退屈だなどとはけしからん」とお叱りを受けてしまいそうですが、わたし自身、ドイツの由緒正しいあるオペラハウス(あえて名は伏せます)においてでさえそんな経験をしたことがあります。第1幕がはじまってしばらくしてからクンドリが登場し、そこで彼女は“Ich bin müde”(わたしは疲れた)と歌うのですが、その瞬間、なんと観客席からは少なからぬ失笑が。つまり、「疲れたのはこっちのほうだ」というわけです。(まだはじまって30分もたたない場面なのですが)ドイツ人の観客にとってもそうなのですから、演出家にとっては相当手強い作品だといえるでしょう。
 その点、今回のクラウス・グート氏による演出には、視覚的な仕掛けがたくさんあって、退屈している場合ではありません。(それでも退屈だった、というお客さまがいらしたら、わたしたちの努力不足です。申しわけありません)すでにバルセロナとチューリヒでも上演されているプロダクションですから、タネ明かしをしてしまいますが、舞台装置はわれわれが通称「盆」と呼んでいる、回り舞台の上に乗っています。これがまた、よく回ります。もちろん、ただ回しているだけではそのうち飽きてしまいますが、ここがよく考えられているところで、回したあとの、観客から見えなくなった部分では、なにかしら場面転換をしており、次にその場面に戻ったときには、前とは少し違う空間になっていたりするのです。
 わたしたちとしては、これはかなり高度な技術を要する作業で、なにしろ本番中に行なうことですから、音は出せません。ちょっとでも音がしようものなら、マエストロから厳しく叱責されるのはもちろん、お客さまにも「ああ、なにか裏でやっているな」ということがバレてしまいます。もちろんこれをお読みのかたにはわかってしまっていることですが、そうでないお客さまにも、どなたにも、そういう音が聞こえてしまうことで、舞台という仮想の世界から、現実に引き戻されてしまいますので、細心の注意が必要なのです。
 また、回り舞台を用いた場合、場面転換がワンパターンに陥りがちなのですが、休憩中にさまざまな手を加えることによって、そうならないようにも考えられています。

 ところで、東京文化会館には回り舞台の機構はありません。演出的に高度なリクエストがあるため、今回、セットだけでなく回り舞台そのものも、バルセロナのリセウ大劇場からレンタルすることにしました。
 同じような困難さがリハーサルにもあります。オペラはある期間の音楽稽古を経て、立ち稽古(演出家が歌手に動きをつけていく稽古のこと)に入ります。『パルジファル』の場合ですと8月初旬から立ち稽古に入るのですが、稽古場も当然回り舞台の設備はありませんので、いろいろ工夫しなければなりません。これは、このプロダクションを作ったバルセロナとチューリヒでも同じ事情だったようなので、今回われわれも彼らのやり方を参考に、稽古場を作っていこうと考えているところです。
 もうひとつ、これもタネ明かしになってしまいますが、今回の舞台ではビデオ映像がしばしば用いられています。現在の舞台作りに映像をとり入れるのはオペラに限らず珍しいことではありませんが、それを音楽とうまく同期させるのは至難の業です。まして、同じプロダクションでも指揮者は異なり、当然テンポも違います。それをお客さまに違和感なくお見せできるかどうか、専門のオペレーターと目下検討を進めています。
大仁田 雅彦(おおにた まさひこ)
1979年舞台監督集団「ザ・スタッフ」に参加。85年、 故・粟國安彦演出『月の世界』(ハイドン作曲)で舞台監督デビュー。以来、二期会、藤原歌劇団、新国立劇場などで数多くの舞台監督をつとめ芸術家の高い信頼を得る。近年の二期会では宮本亜門演出によるオペラ全てと『トゥーランドット』『ドン・ジョヴァンニ』『アイーダ』(びわ湖ホール・神奈川県民ホール 共同制作)において舞台監督を担当。また、昭和音楽大学舞台スタッフコース特任教授として後進の指導にもあたっている。


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