『カヴァレリア・ルスティカーナ』『パリアッチ(道化師)』キャストインタビュー
大野 徹也
泣きたいけれども泣けない、成熟した男の表現を……
「最初に買ったレコードは『パリアッチ』だったんですよ!」と嬉しそうに笑う大野徹也。二期会の充実を支えるベテランとして長く活躍してきた彼が、そもそもオペラを志すきっかけとなったのがこの『パリアッチ(道化師)』だった。「まだ大学に入る前、当時バリトンだったので、バリトンを聴こうと思って買ったんですけど、その盤で歌っていたデル・モナコのテノールに衝撃を受けたんです。どうしてもオペラのテノールが歌いたくなって、師匠に転向したいと言ったら『お前はそんな声じゃない!』って怒られました(笑)。でもめげずに、デル・モナコになりたい……ってなれるわけはないんですが(笑)、パリアッチを歌いたい、と思ってきました」
二期会研究生時代の1977年にオペラデビュー。83年の『ジークフリート』をはじめワーグナー歌手として不動の地位を築いたのをはじめ、イタリアオペラはもちろんオペレッタも邦人作品も……と驚くべき多彩なレパートリーで優れた舞台を創ってきた大野が、遂に『パリアッチ』カニオとして舞台に立つ。
「たびたびアリアは歌ってきましたが、舞台は初めて。35年待った積年の思い、ですね。歌わせていただけることになったとき、本当に嬉しかった」と晴れやかに語る大野。「たくさん歌わせていただいたワーグナーは、舞台が決まってからきちっと勉強させていただいた作品ばかりでしたが、『パリアッチ』は身体にしみついている作品なんですよ」
待ちに待ったその歳月のあいだ、カニオに対する解釈も変わってきたのでは?
「僕はデル・モナコから入ったのですが、ライバルのディ・ステファノが好きになったのは40歳過ぎですかね。彼のように弱さが前面に出る解釈と、強いがゆえに哀しいデル・モナコの解釈と‥‥ああ自分はどちらの道へいくんだろう! とずっと思っていた(笑)。僕はいま58歳で、作品上の設定はもう少し若いと思うんですけれど、いずれにしても〈歳を取った男の愛〉をどう表現するかがポイントですね。
最初にレコードを聴いた頃は〈妻が浮気したから怒ってしまった〉という表面的な理解だったのですが、若いネッダへ注いできた無償の愛が、ミスマッチのなかでふつふつと燃えたぎってゆく、という根底にある思いをどう表現するか……というところが難しいですね。さらに、そうした精神的な面だけでなく、錯乱してゆく第2幕での喉のアクセルの踏みかたが難しい役なんです。たとえば『カルメン』のドン・ホセなら徐々にいけるんですが、『パリアッチ』は作品自体が短いですから、急にテンションをあげていろんな種類の声を出さなければならない。歌舞伎の舞台のような、ぱん! ぱん! という切り替えが必要で、かなり負担が大きい。イタリアオペラだから基本的に〈いい声〉でなければならないのですが、その中で〈泣きたいけれども泣けない、成熟した大人の声〉の独特な声の色をどう表現するか、ですね」
長くこの作品を思い続けてきた彼ならではの、熟した表現が切り拓く新しい可能性が心から楽しみだ。
大野徹也(おおの てつや) テノール
東京芸術大学卒業、同大学院修了。1981年第16回民音コンクール第2位入賞。77年二期会研究生時代『魔笛』の武士でオペラデビューを飾る。81年『カーチャ・カバノヴァ』ボリス、83年には、日本初演『ジークフリート』タイトルロールで大成功をおさめる。84年以来『椿姫』アルフレードなどで活躍の幅を広げ、『魔笛』タミーノ、『ワルキューレ』ジークムント、『神々の黄昏』ジークフリートなどで、ヘルデンテノールとしての地位を不動のものとした。
30年以上のキャリアを誇り、何れも出演する作品の成功に大きく寄与し活躍を続けている。東京学芸大学教授。
二期会会員
大澤 一彰
その情熱も冷徹も、我が分身として歌えるトゥリッドゥ
「『カヴァレリア・ルスティカーナ』のトゥリッドゥには、激しく内に秘めたものがあると思います。私も見た目は鈍そうに……良く言えば、のんびり屋に見られますが(笑)内面には彼が持っている情熱や冷徹さも持っていて、自分と非常に強くリンクできる役柄です」
大柄な身体に伸びやかな美声をじっくりと磨いてきた気鋭のテノールは、優しげな語り口のなかにも抱負を熱く語る。『カヴァレリア』は既に2009年、天沼裕子指揮でトゥリッドゥを演じて好評を博しているが、いよいよ二期会本公演デビューだ。
「鳴り始めた瞬間から終わるところまで次々に名旋律があふれ出る、素晴らしい作品です。なかでもトゥリッドゥは、ソロが3曲あり、この役を歌わせていただけるのは光栄なことです」と目を輝かせる大澤。
「それぞれの場面で色を変えて表現しても、根底に流れるものはひとつであるようにと、思っております」
大澤一彰のオペラ初舞台は96年の『夕鶴』。「オーディションで團伊玖麿先生が“ああ、与ひょうが居る!”とすぐに選んで下さって……与ひょうの心情から音楽の表現する所作まで、事細かに直接ご指導頂き、感激しました」
この舞台をきっかけに新鋭の快進撃が始まる……と思いきや、彼の歌手人生は順風満帆とはいかなかった。熊本の実家がなんと落雷で全焼するという不幸に遭ってしまったのだ。当時は自然災害に対する保険も一般的でなく、大澤は中学校の音楽講師として家の再建のために奔走することになる。オペラ歌手としてのキャリアはしばらく空白となるのだが──彼の歌への情熱は到底おさえられるものではない。幾つもの仕事を掛け持ちしながら再建に目途をつけ、大澤は不屈の闘志をもって再びオペラの道を歩き出す。14歳から師事する疋田生次郎氏に導かれてローマへ留学、ウンベルト・ボルソに師事してみっちりと歌唱芸術の真髄を叩き込まれた。
「発声練習をしていて、このパッセージは……とちょっとした疑問があると、ボルソ先生はすぐ“この音型はあのオペラのこのアリアと同じで、それはあの歌劇場で何年に誰が指揮した時に、誰それがこういう歌いかたをして……”と。次から次へと実践させられる。凄い指導でした。『カヴァレリア』も、冒頭の《シチリアーナ》はシチリアの言葉で歌うのですが、僕にとっては特に不自然がない……というより、ボルソ先生に叩き込まれた通りに(笑)」
イタリアでの研鑽の成果は帰国後、朗々たる美声とともにふたたび開花した。
「火事のあと‘もう駄目かな’と思った時期もあったのですが、僕にとってその後の人生は、誰かが‘いいよ!’ともう一度与えてくれたチャンスだと思っています。素晴らしい機会を与えてくださったすべてのかた、スタッフ、両親、家族、そしてお客様に……感謝の気持ちを持って舞台へ出たいと思っています。最後の《母さん、この酒は強いね》では、強いメッセージを込めて歌いたいです」
無意識の表現内には、熊本にひとり暮らす母への思いも重なるだろうか……渾身のトゥリッドゥ、楽しみだ。
大澤一彰(おおさわ かずあき) テノール
東京芸術大学卒業、ローマで研鑽を積む。08年第44回日伊声楽コンコルソ第1位受賞。入賞者披露記念コンサートでは『清教徒』『連隊の娘』のアリアで、ハイC#・ハイCを連発し聴衆を沸かせる。第1回ルーマニア国際音楽コンクール声楽部門第1位及び全部門より最優秀賞。第17回三菱UFJ信託音楽賞受賞の『ファルスタッフ』フェントンは新聞紙上で「耳を奪う美声」と評される。『ラ・ボエーム』ロドルフォ、『蝶々夫人』ピンカートン、『アイーダ』ラダメス、『カルメン』ドン・ホセ等を演じる。180cmを越える恵まれた体躯と日本人離れした高音で、期待のテノール。公式HP:www.k-osawa.com/
二期会会員