──『カヴァレリア・ルスティカーナ』と『パリアッチ(道化師)』はヴェリズモ様式といわれます。
2つは同じ頃の作品で、長さも同じ。一緒に上演するにはいい作品です。ヴェリズモはドラマを重視し、美しく歌うだけでなく感情やリアリティを重視したスタイルです。
──この2作品の特徴、興味深い点は?
この作品を聴けば、声楽的にはきっとイタリア・ベルカントの伝統の延長にあることに気づかれるでしょう。ベルカント様式の後、ヴェルディは声楽的にドラマティックな面を発展させ、一方プッチーニは豊かなオーケストレーションを発展させた。このヴェルディとプッチーニの伝統が出会って結実したのが、ヴェリズモ・スタイルだと思います。
それよりモダンなものを求めるなら、モンテヴェルディまで遡らなくてはなりません。また円を描いて戻っていくのです。ですからイタリア・オペラでは、ヴェリズモが頂点に位置すると思います。ドイツではこの先十二音技法が生まれ、ベルクやシェーンベルクが活躍しましたが、イタリアではそれ以後の様式は発展しなかった。
──ヴェリズモ・オペラを演奏する上で、最も重要なポイントは何でしょう?
ボーダーラインを見つけることでしょう。伝統とモダンの境目を見つけて表現することです。ヴェリズモに近づけば近づくほど、道は狭くなり、綱渡りのように危険です。正しいポジションに置かないと、すぐ落ちてしまう。ヴェリズモはデリケートで危ういもの。ギリギリの境を探すのはとても難しいのですが、それが私の仕事です。イタリア・オペラの最終地点を見つけること、オペラがどこから来て、どこで終わろうとしているのかを知っていれば、よりよい仕事ができるのです。
──オペラ指揮者に重要なことは?
オペラを演奏する時は、歌手やオーケストラ、合唱など、それぞれの特徴を際立たせないといけません。全体のバランスをみて、それぞれを正しい位置に置き、そこから何を引き出すのか。それは終わりのない闘いで、とても大変な仕事です。全体のバランスを見て、歌手やオーケストラの協力関係や歌手同士の関係も大切です。バランスは演奏だけでなく、何事にも大事ですが、それが無ければ指揮はできません。人々を正しい方向に導いていくのが仕事です。でも、それらすべてが楽譜に書かれています。わたしたち指揮者は楽譜という指針があるからいいのですが、演出家はそれがないから、大変ですよね。
──オペラとオーケストラのバランスはどう取られているのですか?
私は両方指揮するのが好きなのです。オペラだけやっていると、オーケストラとの関係を密に取るのが難しくなる恐れがあります。歌劇場ではどうしても練習期間が少ないですからね。やはりオーケストラが舞台上で演奏する場合は心構えも違うでしょう。特に楽員たちに自己実現の場を提供するという意味でも重要だと思います。
──イタリアのご出身ですが、本当に演奏するのが好きなのは、どの分野でしょう?
自分が最も興奮するオペラは、『ルル』です。3幕版のものです。十二音技法音楽が素晴らしいし、台本がすばらしい。これまでいろんなレパートリーをやってきましたが、まだ経験ないものとして『ヴォツェック』を指揮したい。『トリスタン』『パルジファル』なども。また私自身はオルガニストとしてスタートしたので、バロック音楽は私の原点です。フランクフルト歌劇場音楽総監督時代は、オリジナル楽器による『オルフェオ』も上演しました。そのポストに10年在任しましたが、多くのプロダクションを指揮しました。特にレナート・ブルゾンと多くのヴェルディを演奏したのも忘れられません。またマーラー、ワーグナー、R・シュトラウスなどオーケストラのシリーズもやりました。
──今後も多くの予定が入っていますね。
2011年の大晦日にバイエルン国立歌劇場で『こうもり』を指揮します。ご存じのように、バイエルンの『こうもり』といえば、カルロス・クライバーが指揮した伝統の演目ですから、とても光栄です。日本でも今後の予定がいくつか入っています。日本は文化の面でも音楽の面でも、大変重要な都市になっています。世界の一流歌劇場や世界中のオーケストラが来日しますから。とくに聴衆の耳が肥えていて、その質は世界中でベストだと思います。
明晰な頭脳と優れた身体能力も持ち合わせたカリニャーニ氏。経験を積み重ね、いまやオペラ界で最も重要な指揮者の一人となっている。その真価を披露する7月のオペラ公演が大いに期待される。