TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

ENGLISH

オペラを楽しむ

「ナブッコ」キャストインタビュー 上江隼人・岡田昌子

文=山崎浩太郎 写真=広瀬克昭

上江 隼人
ヴェルディはやっぱりロマン

─アビガイッレを演じる岡田昌子さんは高校まで陸上競技をされていたそうですが、上江さんもスポーツがお好きだったとか。
「好きというより、中学、高校では音楽をまったくやらずに(笑)、剣道に明け暮れていました。ただ、父がバリトン歌手(上江法明=二期会会員)で、母もピアノをやっていましたから、子供時代からクラシックが身近にあったこともあって、一浪して芸大に進みました。偶然にも、岡田さんとは芸大の同級生なんです」

─現在はイタリアにて研鑽中とうかがいました。
「はい。ミラノを拠点にしています。ついている師はブルーノ・ダル・モンテで、テノール歌手のカルロ・ベルゴンツィの一番弟子というか、兄弟のような関係にある方で、ご本人もバリトンです。ベルカントの伝統を引き継いでおられる先生です。
 今回、ナブッコのような大役のお話がきて、自分でも正直驚き、慎重に考えたのですが、師から今ならできるだろうという助言をいただいて、引き受けることを決めました。なにしろこの役は、レオ・ヌッチのような名歌手でさえ、五十歳まではやらないと決めていたという、難しい役なのです。
 歌と錯乱の演技が、後半ほど難しくなる。全ての家族を失い、前作で失敗したヴェルディがどん底で書いた、血と肉が噴き出してくるような役です。ただ、いまの自分は以前よりも声が充実してきているように感じていますし、声質的にはベルカント、たとえばロッシーニの『セビリャの理髪師』のフィガロなどから、初期ヴェルディまでに合っていると思うので、初期ヴェルディという点からチャンスを与えられたのだと思っています。
 バリトンにとって、ヴェルディはやっぱりロマンですね。かれは歌手のことをよく知っていた。譜面のとおりに歌うことが声を守ることになり、しかも表現することにつながる。だから、違うことをやってはいけない。そのことは師にも注意されましたし、自分でやっていてもわかってきます。抑制することの美しさ、様式を守ることで、ヴェルディらしさが出るのです。この点がプッチーニや、ヴェリズモとは異なります。
 衣裳をつけて舞台で歌うのは好きです。ただ、自分はまず歌がしっかりしてないとダメだ、歌ができないと演技はできないと考えているのですが、衣裳をつけると、演技の方に引っぱられてしまいがちになる。だからこそより一層、歌をしっかりさせることを意識しますね」

─では公演への抱負をお願いします。
「こんな大役をこの若年でもらえるとは思っていなかったので、まずそのことに感謝しています。とはいえ、若いから駄目といわれぬよう、全身全霊をかけて演じて、ご期待にこたえられるようにがんばります」

岡田 昌子
いかに基本を作っていくかが問題

─二期会との初めての関わりは、7月の『トゥーランドット』からだとか。
「そうなんです。トゥーランドット役のカバーをさせていただきました。練習から本番まで、常に待機でしたが本当にいい勉強になりました。本番にどうもっていくのか、どのように舞台をつくるのか、全然知らなかったものですから」

─今度は、舞台の上でアビガイッレを演じるわけですが、どちらもドラマティックな、大変な役ですね。
「まだ歌うには早いのじゃないかと言われることもあります。実際、ナブッコというオペラは内容と比例して音楽も壮大です。
 確かに、それを歌い、表現するだけのテクニックが求められますが、今、私はこのオペラを勉強するとともに発声という点にも返りいい勉強をさせてもらっています。とても基本的なことなのですが、よいイタリア語の発音、よい発声は素晴らしい表現力を生み出すと思っています。アビガイッレの音域は、下から上まで幅広く必要です。私は下も楽に出るのですが、それで安易に出してしまうと、将来的に困ると思うので、下の音域にも配慮しても、上の音を決しておろそかにせずコントロールしなければなりません。この役とか、以前に林康子先生のカバーをさせていただいたマクベス夫人とか、こういう野心的な役柄は、自分のキャラクターにちょっとに似ている気がして(笑)、やり甲斐があります。前半は怒ってばかりいるような役ですが、後半は演技的にもテクニック的にも別の面を要求されるので、そこはよく考えなければと思っています。
  同郷の林先生には芸大時代からお世話になっているのですが、実はその頃からも、「あなたにぴったりの役よ」と勧められて、勉強してきたので、こうして歌えることをとても嬉しく思っています。
 発声については、どんなときにもすぐバーンと歌えるように、ジムに行って体を鍛えたりしています。故郷の高松では、陸上競技をやっていたんです。高校時代に音楽科だったのですが、足が速いので、陸上部の競技会に呼ばれたりするくらいでした。走り幅跳びの感覚と、高音を出す感覚は似ていると思います。歌も一種のスポーツで、リズムをとるにも運動神経が必要だし、声を出す前から着地点が見えるような感覚は、走り幅跳びの感覚と同じなんですよ。その感覚を意識して欠かさぬようにしております。いまでも、イライラする時には走ることにしています。
 演奏会形式の方が舞台上演より緊張しますね。舞台上演なら、衣裳をつけると不思議と役に入ってしまう。そして、横から自分を眺めているような、冷静な感覚になるのです」

─では公演への抱負をお願いします。
「二期会が初めての『ナブッコ』上演するということで、なかなかできない役に選ばれたことを嬉しく、光栄に思います。ヴェルディの音楽に敬意を払い、その特徴を活かして、きっちりと演じて、お客さんに満足してもらえる舞台にしたいと思います。いつも感謝の気持ちを忘れることなく」

上江 隼人(かみえ はやと) バリトン
東京芸術大学音楽学部声楽科首席卒業、同大学院首席修了。
学部卒業時に松田トシ賞、アカンサス賞、同声会賞などを受賞
(財)江副育英会第34回リクルートオペラスカラシップ奨学生としてイタリアへ留学。Dimaro 国際声楽「valdi sole」コンクール 優勝、2007年Busseto ヴェルディコンクール ファイナリスト
2007年Busseto ヴェルディコンクール『フィガロの結婚』伯爵、『ラ・トラヴィアータ』ジェルモン、『シモン・ボッカネグラ』シモン、『リゴレット』リゴレット、『カルメン』エスカミーリョなど力強いバリトンを得意としている。
二期会会員

ヴェルディ・フェスティバルに登場
パルマ 10月14〜26日

「この劇場で歌えるのは、それは嬉しいです。ヴェルディの劇場ですから」(上江談)ヴェルディの故郷ブッセート。町の中心にある彼に捧げられた劇場は、席数わずか300の贅沢な空間だ。ふだんは静まり返っているが、10月音楽祭の期間は目玉公演の会場になる。今年はM・マリオッティ指揮演奏会コンサート形式『イル・トロヴァトーレ』。独唱陣のなかで存在感を見せたのが、ルーナ伯爵を歌った上江だ。「伯爵はバリトンの悪役には珍しく純粋な人物で、レオノーラを一途に愛している。その‘amorosa’な色を声に乗せるのが課題だと、マエストロとも意見が一致しました」と。指揮との呼吸もぴたり。名アリア〈君の微笑み〉では、堰を切ったようなブラヴォーをもらっていた。2月の檜舞台が今から楽しみだ。(加藤記)

岡田 昌子(おかだ しょうこ) ソプラノ
東京芸術大学音楽学部声楽科および同大学院修士課程オペラ科修了。第26回イズマエーレ・ヴォルトリーニ国際声楽コンクールで特別賞受賞。第46回日伊声楽コンコルソでは第1位、および歌曲賞を受賞し、東京サントリーホールで行われた入賞者記念コンサートで読売日本交響楽団と共演した。
08年11月、香川県県民ホール開館20周年記念事業『蝶々夫人』タイトルロールでプロデビュー。『トゥーランドット』タイトルロールで神奈川フィルや九響と共演、当たり役の一つとしている。豊かな音楽性を兼ね備え、若くしてドラマティックな役を演じられる稀な声質で世界でも評価を得ている。
二期会会員



→オペラを楽しむTOP →2012年2月公演『ナブッコ』公演詳細