TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

ENGLISH

オペラを楽しむ

2人の“ドン・ジョヴァンニ”対談 ~黒田 博 × 宮本益光
文=小田島久恵 写真=言美歩

我が国が誇る2人の魅惑の“ドン・ジョヴァンニ”新しいドン・ファンを演じるその楽しさ、難しさと、公演にかける意気込みを語った

─黒田さんと宮本さんは2004年の宮本亜門さん演出の『ドン・ジョヴァンニ』でもタイトルロールを演じられました。

黒田 亜門さんの演出は、それまで僕が抱いていたドン・ジョヴァンニ(以下DG)とは全く違う像を作り出してくれて、新鮮でしたね。彼は「DGだけが純粋な人間である」という描き方をしてくれたと思うんですが、お客さんの中には30分くらい席から立てないほど衝撃を受けたという反応もありました。馬鹿野郎といって帰った人もいただろうし。僕自身は、違う角度からこの役を深く見るきっかけになったと思います。

宮本 僕にとっては、初めての二期会の舞台だったし、気負いもあったし。亜門さんの作り出すイメージが「なんでそっちからそうくるの?」っていう方向から来ましたね。結果的には、絶対似合わないと思っていた衣裳を着たら「ああ、意外と似合うじゃん」という感覚でした。こういうのも着てみると似合うんだって。

黒田 僕はDGを何が何でも演じたいと思ったことはなかったな。フィガロとか伯爵とかパパゲーノはやってみたいと思っていましたけど。DGは僕自身と違う。日本人でDGというのは、結構難しいんじゃないかな。昔のアラン・ドロンみたいに完全な二枚目俳優って、現代では存在しにくいですからね。

宮本 僕はずっとやってみたいと思っていましたよ。他のモーツァルトのオペラと違って、ある種神格化されている役だと思うんです。大げさにいうと。もともとドン・ファンというヴィジョンがある。世之介(「好色一代男」)じゃないけど(笑)。オペラの外に既に知られた話があって、しかも、レポレッロが言うのを信じるならば2065人の女性をものにした男であるという。「うっそだ~」という反応も含め、既に偶像化されている存在を演じることに興味がありました。

─前回のDGから7年経つわけですね。今回の演出のカロリーネ・グルーバーさんは斬新で前衛的な演出をされる方として有名です。

黒田 どう音楽でこたえていくか、というのが僕らの仕事だと思います。カロリーネ・グルーバーの舞台でありながら、最終的には「モーツァルトを聴いた」という着地点に持っていきたい。モーツァルトのオペラを、コンサート形式でやることは少ないけれど、音楽だけで成立するものでないといけないと思う。言ってみれば、たんぽぽや桜の花みたいに自然に咲いている音楽なんです。そこにあれこれ別の花や器を足して「どうだい綺麗だろう」と言われたら、「そのままで美しいのに」っていうことになってしまう。

宮本 モーツァルトは音楽そのものに色々書いてあるから、演出家も何かしたくなるんでしょうね。足りないからというのではなくて、発想させられるから。

─この国際共同制作は日本が初演となりますから、未知の部分が多いですよね…。DGの役作りとして、歌手側はどんな準備をされますか?

黒田 やっぱり自分の中にある一部分を、DGに埋めていくということだと思います。僕自身は関西で育った人間だから、レポレッロみたいな人物のほうが楽なんですが、小技を効かせたりうけようとするのではなくて…もう、二枚目で通してみようかなと。

宮本 僕は、最初に起こる殺人事件がやはり重要な気がするんですよ。24時間で解決する話が、オペラだと3時間なわけです。その中で冒頭の殺人というのは偶発的に起きた事件だと思っている。それによって彼が、どんどん失敗に向かう……それってある意味当然で、人を殺した感触をもったまま24時間過ごすっていうのは、かなり異常な状況なんです。どうしても彼の男性としてのテクニックに注目しがちだけど……自分だったら、人を殺した感覚でずっと両手が震えているだろうし、普通ではいられないだろうと。
 楽しいのは、24番(2幕フィナーレ)の騎士長が出てきてからのシーン。短いですけど。今まで女性たちに対して「手をちょうだい」と言っていた男が、あそこで初めて超越的な存在から「手を出せ」と言われる。あのニ長調がパーンと始まる瞬間、最高です。DGが強く死と向かいあった結果で、興奮なのか、恐怖なのか、喜びなのか。稽古でもここで止められたら、かなり腹が立ちます(笑)。

─声楽的に一番困難なシーンは?

黒田 〈シャンパンの歌〉かな。あれがパチッとうまく歌えたっていうこと、なかなかないな。発散できたと思っていても、後から聞くと「あれちょっとうわずってた」なんて言われますし。テンポや演出にもよるけど、歌手の素が見えてしまう曲です。

─最後に、お二人がお互いに期待するDG像を、コメントしていただけますか?

黒田 先輩後輩ということでなく、宮本くんのはライバル心を駆り立てられるDG。かなりイカしたDGを演じるんですよ、彼は(笑)。それに十代くらいの若いお客さんからも人気がありますからね。僕はそのぶん、90歳くらいのお客様まで、ね。

宮本 僕は学生時代、オペラ歌手になるとは微塵も思っていなかったときに、勉強になるからコーラスで参加していたんです。そこで黒田さんのグリエルモ(『コジ・ファン・トゥッテ』のバリトン役)を聴いて「母さん、プロはやっぱすごいわ」って電話した(笑)。モーツァルトのバリトンの役柄のエッセンスがある人。フィガロも伯爵も、パパゲーノも、DGもって全部出来る人は、世界にもあまりいないし、その一人である黒田さんの、刺激的な素晴らしい演技を期待しています。

黒田 博(くろだ・ひろし)
京都市立芸大卒業。東京芸大大学院オペラ科修了。二期会オペラスタジオ修了。モーツァルト四大オペラのドン・ジョヴァンニ、フィガロ、アルマヴィーヴァ伯爵、グリエルモ、パパゲーノをはじめ、『こうもり』ファルケ、『ラ・ボエーム』マルチェッロ等数多くの作品に主演。03年11月『ルル』(3幕版日本初演)では超難役シェーン博士と切り裂きジャックを演じ、04年宮本亜門演出『ドン・ジョヴァンニ』タイトルロールでは、演劇性の高い舞台でその役割を十二分に果たし、オペラ界を牽引する存在であることを実証した。東京二期会の男声ユニット「THE JADE(ザ・ジェイド)」のメンバー。http://thejade.jp/ 二期会会員

宮本 益光(みやもと・ますみつ)
東京芸大卒業、同大学院博士課程修了。03年『欲望という名の電車』スタンリーで脚光を浴び、翌年の宮本亜門演出『ドン・ジョヴァンニ』タイトルロールで衝撃的な二期会デビュー。06年には同氏演出『コジ・ファン・トゥッテ』グリエルモで聴衆を魅了した。教育プログラムでも「日本フィル夏休みコンサート2010」でオペラ『魔笛』モチーフの独自のステージを披露し注目される。DVD「宮本益光リサイタル~日本語訳詞で聴くオペラ名場面集」、著書に「宮本益光とオペラに行こう」(旬報社)がある。演奏、作詞、訳詞、執筆、演出と多才ぶりを発揮する新時代のバリトンである。http://www.mas-mits.com/ 二期会会員



→オペラを楽しむTOP