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キャストインタビュー 菊地美奈・嘉目真木子

『フィガロの結婚』キャストインタビュー 文・室田尚子 写真・広瀬克昭

原動力となって物語を動かしていくスザンナへ
菊地美奈

   
年11月の『メリー・ウィドー』では、はつらつとした愛すべき女性ヴァランシェンヌ役で聴衆を魅了した菊地美奈さん。今回は、激烈なオーディションを経て『フィガロの結婚』スザンナ役に。これまで伯爵夫人は何度も演じているがスザンナは人生で2度目だという。そんな菊地さんに、まずはスザンナという役柄について伺った。
「スザンナはアリアが3つもあって、ストーリー運びの上でも重要でお芝居もたくさんしているのに、誰でも知っているという“有名な歌”がないんです。アンサンブルでは『手紙の二重唱』がありますが。一番目立つべきなのに実は引いている。主人公フィガロの結婚相手としてはこういう女性が実は一番ふさわしい、というモーツァルトの主張でしょうか?女性が裏ですべてを回している、という(笑)」
 菊地美奈というオペラ歌手の存在を考える時、彼女のスザンナが、作品を大きく動かす原動力のような存在になることは間違いないように思える。なぜなら、彼女のキャリアは、ありきたりのオペラ歌手とはひと味もふた味も違っているからだ。
「大学時代に『三文オペラ』を演じたことがあったんです。歌わないのにセリフがある、お芝居をすることの面白さにいっぺんに魅了されました。音に縛られないのはこんなに自由なのか、と一時は女優になるかオペラ歌手になるかで真剣に悩みました」
 そんな菊地さんだが、すぐにオペラの本当の魅力に気づくことになる。
「オペラにはお芝居、踊り、歌すべてがある。それらがうまく網目のようにはりめぐらされているわけですが、それは決して不自由なことではない。むしろ、見事につくりあげられたその網目に自分の思いをうめこんでいくことの楽しさに気づきました。歌という軸を中心に、すべての要素を自分たちでつくりあげていく楽しさ、それがオペラの魅力だと思います」
 オペラ歌手となった現在でも、菊地さんが大切にしている仕事場がある。それが《ビヤホール銀座ライオン》だ。プロの歌手として初めてお金を稼いだここを、彼女は「私のベース」と語る。
「お客様との距離が近いので反応がとてもダイレクトなんです。上手く歌えない時はお客様にすぐ伝わって、おしゃべりが始まったりお酒を注文されたりするので、顔をみせて頂いていたお客様の白い客席が後ろを向かれて黒くなっちゃう。これって昔のオペラ劇場みたいですよね」
 彼女はそれがオペラの原点に近い形だと感じているようだ。そうした経験はオペラ歌手にとって「のりしろになる」と彼女は言う。「のりしろのある歌手同士ならそこがくっついて、できることが広がる。楽しさが倍増するんです」。今回の『フィガロ』で、その「のりしろ」がこれまでに観たことのないような世界をつくりだしてくれるだろうことは、大いに期待できる。
 オペラという枠にいい意味でとらわれず、その中にいながらできることを見つけ出しては、自由にはばたいている菊地さん。続けていることは何ですか、と問われたら「菊地美奈であること」と答えるという彼女が、生き生きと演じ、歌い、楽しませてくれる『フィガロの結婚』。これは決して見逃せない。

体を鍛えて多面的な女性像をきびきびと表現したい
嘉目真木子

   
年9月に行われた『魔笛』のパミーナ役の清楚な演技が記憶に新しい嘉目真木子さん。二期会が今、もっともプッシュしている注目の若手プリマである。恵まれた容姿とのびやかな声で、今回の『フィガロの結婚』では見事スザンナ役を射止めた。
「スザンナは全体の狂言回しのような役。存在感が鍵になってきますが、女性の色々な面が出ているたいへん難しい役でもあります。基本的にははつらつとして明るい性格ですが、一方で伯爵が熱を上げるほどの色気があったり、伯爵夫人を手伝う優しさもあり、またケルビーノに対してはお姉さんのように振る舞う。そうした多面的な女性像を表現するために、今から体を鍛えてきびきびと動けるようにしています」
 また、前回の『魔笛』はドイツ語のオペラだったが、今回はイタリア語。これについては、『魔笛』の指揮者グシュルバウアーから「イタリア語をしゃべる練習をした方がいい」というアドヴァイスをもらったそうで、今はそうした練習にも余念がない。
 嘉目さんが初めて二期会オペラに登場したのは、2009年6月のニューウェーブオペラ『ウリッセの帰還』だが、その前に彼女は重要な体験をする。それが、『フィガロ』の演出家宮本亜門が手がけた『ラ・トラヴィアータ』のヴィオレッタのアンダースタディだ。
「亜門さんが1小節ごとに動きをつけ、またそれにこたえている先輩たちをみていましたから、スザンナが決まった時にこれは覚悟しなければならないと思いました。亜門演出は何より、人物の心情をメインに動きを作っていると思います。ですから、私たち歌い手も、その人物の内面をより深く掘り下げていくことが大事だと感じています」
 何より、出演者とスタッフが一緒に作品をつくりあげていく稽古場の熱い雰囲気が大好き、という嘉目さん。
「『魔笛』の時は新人歌手も多かったせいか、学校の部活のようなノリでした(笑)。今回は、ベテランの方々も多いので、先輩方の胸を借りるつもりでがんばります」
 『魔笛』『フィガロの結婚』とモーツァルト作品、それも非常に有名な作品に立て続けに出演することについてはどう感じているのだろうか。
「モーツァルトのオペラは、小難しいことを主張しているのではなく楽観的なところが魅力だと思うんです。それを特に感じるのが『フィガロ』、あまり何かにとらわれたり悩んだりせずに音楽を書いていたんじゃないかと思えるほどです。なぜなら、歌っていてとても開放的な気分になるから。それは楽しい歌だけではなく、悲しいアリアでも同じで、決して抑圧的でなく、感情を発散させる音楽になっていて、だから歌っていてとても気持ちがいいんです」
 今の嘉目さんにとって、スザンナは「はまり役」といえるだろう。彼女自身「自分の年令や声の状態にあった役がやれるというのはとても幸せなこと」と語るが、一方で将来についてのヴィジョンもしっかりと持った賢明な歌手でもある。「将来やりたい役は『オテロ』のデズデモナと『トスカ』です」と即答してくれた嘉目さんの今後を、期待しながら見続けていきたいと思う。


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