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オペラを楽しむ

いろんなフィガロ

文・朝岡 聡

 作品の主人公が題名になっているオペラは数多いですが、その中でも「フィガロ」の知名度は群を抜いていますよね。才気煥発、明るくて機転が効いて憎めない。こんなキャラクターの友達がいたら、自分の生活もなんと楽しくなるだろう…! 飲み友達にして相談相手にしたら最高。皆さん、そんな風に感じる時はありませんか?そう思うのはオペラ好きだけではないらしく、現代でも劇場以外で多くの「フィガロ」に出会う事ができます。
 まずはフランスの代表的新聞「フィガロ」。1826年創刊で、今日でも30万部を超す発行部数で知られる日刊紙も、ボーマルシェ原作の『フィガロの結婚』の主人公から名前を採りました。そのスローガンは《批判する自由無きところに、称賛の価値なし》。思想と信条の自由の原点を掲げているあたり、いかにもフランス革命の精神を受け継いだ気がします。もっとも現代ではフィガロ紙は右派系で《決して革命はしない新聞》とも呼ばれているとか。オペラのフィガロのイメージとはちょっと違った雰囲気のようですね。

フィガロジャポン2011年3月号
(阪急コミュニケーションズ)

 日本の女性にも人気がある「フィガロ ジャポン」は、やはりフランスで発行されている雑誌が元ですが、ファッションやカルチャー、食事や美容、旅にアート…さまざまなテーマを扱っておりまして、男性の私にとっても興味深い記事がたくさん載っている。こちらは人生を楽しむ材料を豊富に紹介しているらしい。正式なタイトルは「マダム フィガロ」ですから、さしずめ結婚後のロジーナや伯爵夫人が楽しむような気分かもしれません。
 活字の世界だけでなくアニメの世界にもフィガロがいます。1940年公開(日本公開は1952年)のディズニー映画「ピノキオ」。主人公の生みの親である人形職人ゼペット爺さんの飼っていた猫の名前がフィガロでした。ちなみにディズニーの短編アニメ映画に「子猫のフィガロ」というのもあって、こちらのフィガロの飼い主はミニーマウスです。いずれにせよ、御主人に仕える立場の名前がフィガロというのが面白い。

日産自動車が1991年に限定2万台で販売した
乗用車「日産フィガロ」

 日本にもフィガロがいましたよ!1991年から翌年にかけて限定2万台で日産から販売された2ドアの自動車「フィガロ」。レトロ調なデザインが特徴でした。小型ながらターボエンジン搭載でフットワークの良さが売り物でコンセプトは「日常の中の非日常」。軽やかな足取りといい、テーマといい、なんだか『セビリアの理髪師』や『フィガロの結婚』に相通じるではありませんか。国内外に熱狂的ファンを持っているのも一緒です。
 スポーツの世界では10余年ほど前の中央競馬に「フィガロ」と言う名前のサラブレッドがおりました。アメリカで生まれ日本で調教された外国産馬。デビューして新馬戦と京都3歳ステークスに連勝したものの、その直後のレースで怪我をしてしまい引退したのが惜しまれました。オペラでは、フィガロが伯爵の尋問に怪我したふりをする場面がありますが、本当に怪我してしまった競走馬のフィガロはそのあと種牡馬生活に入ったのでした。
 今年日本のスポーツ界にフィガロが登場するのは野球です。昨年末オリックス・バファローズが獲得を発表したドミニカ共和国出身の投手アルフレッド・フィガロ26歳がその人。メジャーでは11試合登板で2勝4敗という数字を残して日本球界にやってきますが、果たしてオペラのフィガロのように拍手喝采を浴びる結果を残せるかどうか…。野球の試合は投手次第。オペラの主人公と似た立場だけに興味と期待が湧くというものでしょう。

フレンチレストラン
Café et Restaurant FIGARO
(東京・表参道)

 この他にもワインやレストランの名前にも「フィガロ」は多数使われていて、その人気は大変なもの。ところが作者ボーマルシェの生まれたフランスでは、有名ではあるものの実際にフィガロという名前を持つ人はほとんどいないようです。これは意外ですね。もっとも、フィガロ(Figaro)という名前はFils Caron、つまりカロンの息子という意味にも解釈できるらしい。それは何かと言えば、原作者ボーマルシェに由来するのです。彼の本名はピエール=オーギュスタン・カロン。すなわちカロンの息子とはボーマルシェ自身の息子という意味を込めた名前となるわけ。
 そう考えると、フィガロという名前はボーマルシェが自分の分身として創り出して以来、オペラはもちろん様々な分野に広がって世の人々に認知され、そのイメージをますます固めている存在でもありましょう。オペラの世界から日常へ舞い降りて、常に前向きでポジティブで挑戦する事を身上にする姿勢が人々に愛される…まことに稀有なキャラクターではありませんか!
 『フィガロの結婚』は舞台の上のストーリーも面白いけれど、主人公フィガロが臨機応変の対応をしてゆくプロセスが魅力のオペラ。現代に存在する色々な「フィガロ」を認識するだけで、この人物が持っているスケールの大きさを納得させてくれるというものです。
朝岡 聡(あさおか・さとし)
フリー アナウンサー/コンサート ソムリエ
1959年横浜生まれ。
慶應義塾大学卒業後、テレビ朝日入社。
アナウンサーとして活躍後、1995年フリーとなってからはテレビ・ラジオ・CMのほか、クラシックコンサートの企画構成や司会でもコンサート・ソムリエとしてフィールドを広げている。
2月1日に小学館より「いくぞ!オペラな街」を上梓。


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