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オペラを楽しむ

キャストインタビュー 板波利加・大隅智佳子

『サロメ』キャストインタビュー 文・前田かおり 写真・広瀬克昭

内側から溢れ出る可能性を広げながら演じたい
板波利加

 

   
が今、歌っているのは、自分の人生に組み込まれた運命なのかしらと思うことがあります。私は芸大に進みましたが、プロとしてやっていこうという決意はなかなか生まれなかったんです。ところがある時、何かでジュリエッタ・シミオナートがスイスで講習会を行うという記事を見て、「世界的なプリマドンナが歌って教えてくれる!」そう思ったとたん、親にも言わずに応募して、2週間スイスに行きました。そして、会った瞬間、「こういう人になりたい!」と思ったんです。シミオナート先生も、「あなたの声は人の心を揺さぶる」と言ってくださった。「じゃあ、私がイタリアに行ったら、生徒として取ってくれますか?」と直談判。それから3ヶ月後にはミラノにいました。
 シミオナート先生の下で7年間、イタリア・オペラの基礎を学びました。でも実際には、テクニックよりも声楽家たるもの、どういう精神状態でどう振る舞って、どう考えればいいかということを教わったような気がします。またミラノでは先生しか頼る人がいなかったので、娘のようにかわいがってもらいました。先生に誘われてコンサートに行くと、レナータ・テバルディ、アルフレード・クラウスなど名だたる歌手が周りにいて。すごい経験でした。
 私はそれまでメゾソプラノで声楽家の道を進んでいましたが、03年二期会『カルメン』で抜擢していただいたあたりから、ドラマティック・ソプラノとしてのテクニックを磨いていきました。そして05年『トゥーランドット』、『カヴァレリア・ルスティカーナ』が評価されて、ドラマティック・ソプラノとしての可能性が見えました。今年6月、パルマで行われた野外フェスティバルの『ナブッコ』アビガイッレも信じられないぐらいに評価を得て、今後の進む道が開けたように思います。
 そんな自分を振り返ると、シミオナート先生に出会わなければ、イタリアに行かなかっただろうし、これほど長くイタリアで頑張れたかどうかわからない……。いつ何が起こるかわからないから、自分の行く方向を見据えながら、ちゃんと準備しておかなくてはと思うようになりました。
 今回の『サロメ』のヘロディアスは、メゾソプラノでもドラマティック・ソプラノでも歌うことができる役だと思います。役柄も夫のことを嫌いではないのですが、二人の間には確執があってヒステリックに感情を荒げたりと、私が得意とするキャラクターなので(笑)、今からとてもやり甲斐を感じています。また二期会で出させていただくのは今度で3度目。今、私はミラノに住み、活動していますので、普段イタリアでどんなに大きな舞台で素晴らしい仕事をしても、自分一人で喜びを噛み締めることになります。その点、二期会では自分がかつて一緒に勉強した人や教わった先生方と舞台を踏むことができて楽しいし、そんな舞台を親や家族、友達にも見てもらえる。終わった後に喜びを分かち合うことができる相手がいることもうれしいですね。
二度目のコンヴィチュニー作品へ。
新たな可能性とともに自然体で挑む
大隅智佳子
   
ラシックはもちろん、オペラの“オ”の字とも関係のない家庭に育ちました。でも、幼い頃からピアノを習い、学校では合唱部に入っていました。中高一貫の学校で、その時の音楽の先生が半ば趣味というか、音大に行けそうな生徒たちを集めて個別に指導していたんです。そして、中3の時に「数学を受けなくても、行ける国立大学がある。その代わりに歌を歌わなきゃいけないんだけど」と言われて……。それが芸大だったんです。それから声楽の先生についてレッスンを受けるようになりました。一方で、私は日本史が好きでしたので、大学に行って考古学を学びたいという気持ちもありました。だから、「芸大を落ちてもいいや」くらいの気持ちでしたし、親や周囲からも「絶対に芸大に行きなさい」というプレッシャーを与えられることもありませんでした。今、この道に入りましたが、振り返ると、人から強制されたわけでもなく、純粋に歌が好きで歌ってきたことがよかったように思います。
 二期会会員でもある辻宥子先生の前で、初めて歌った中3の時に、「あなたは根っからの声楽家ね」と言われたことがありました。当時はその意味がよくわかりませんでした。でも、私は今まで声の質も発声も極端に直されず、声を出すことに悩んだこともありません。声を出すことそのものにあまりストレスを感じたことはないように思います。自分自身の性格もどちらかというと、マイペースで自然体。これからも声を無理に作ることなく、素直に出していきたいと思っています。
 ところで、今回の『サロメ』の演出家、ペーター・コンヴィチュニーさんとは、二期会デビューの『エフゲニー・オネーギン』のときにご一緒しました。独特な演出をされることで知られています。確かに彼の思考回路には限界がなく、常に斬新でした。でも、だからといって、ただ新しく刺激的なのではなく、チャイコフスキーのスコアも、原作も深く読み込んでいて、全てをわかっているからこそ出てくる発想でした。『サロメ』のテーマは「行き過ぎた純愛」ですが、彼はきっとそれをものすごく掘り下げてくるでしょう。そして、観客が普通に想像するオペラの美しさや、有名な「ヴェールの踊り」など、表面的なものはそぎ落としてくるんじゃないでしょうか。今、いろんな資料やDVDなどを見て舞台に向けての用意はしていますが、あくまでも資料。コンヴィチュニーさんのサロメと思って、どんなものが来ても驚かないだけの覚悟はしています。実際、どういう演出をされるのか楽しみですし、自分自身もこの作品に賭けています。そもそもオーディションを受けないかといわれたとき、迷いました。というのも、私の年齢でサロメ役は早すぎる。音楽的にも激しくて、生半可なテクニックでは通用しない。非常に難しいので、周りからも「自分の発声のスタイルが壊れるかもしれないから、気をつけろ」と。もしかしたら、これでオペラが歌えなくなるかもしれない。だけどこれが成功すれば、自分の新たな可能性も広がる。ギリギリの挑戦になりますが、頑張りたいと思っています。


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