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キャストインタビュー[ザラストロ]小鉄和広・[ザラストロ]大塚博章

『魔笛』キャストインタビュー 文・岸 純信 写真・広瀬克昭

オペラ初体験の人の心をも鷲掴みにする名舞台を
ザラストロ小鉄和広

 

   
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歳の時に舞台で初めて歌った役が『魔笛』のザラストロでした。それから数十回は演じていますが、舞台に立つ際は頭であれこれ考えるよりも、皮膚感覚で臨む方がスムーズにゆくようです。第一幕のフィナーレで、お姫様のパミーナや王子タミーノ、群集を目の前にすると心の中に自然と湧き上がってくるものがあります。〈万歳!ザラストロ!〉という歓喜の声を聴くうちに、人々を導く高僧になり切っているといったところです。
 鳥取県から上京し、東京芸術大学大学院を休学してミラノに留学、後にローマにも行きましたのでイタリアものを歌う機会が続きましたが、ドイツ音楽に対する欲求は学生時代から常に心にありました。二期会への初登場も『フィデリオ』のロッコです。でもイタリアとドイツの違いはやはり大きいですね。イタリア語をそのまま歌えばベルカント唱法になりますが、ドイツ語歌唱では「ベルカントの技術をいかに活用するか」といった形を採ります。ただ、ザラストロのアリア〈この清き聖堂〉 の音階で上がってゆくフレーズなど、モーツァルトはイタリア流のレガート唱法を意識して書いていますね。
 ところで、これは僕の持論ですが、18世紀のオペラではしばしば歌詞と音楽の間に落差があります。オペラの解釈すなわち「歌詞の世界を表現」と言われがちですが、ザラストロのアリアだと、「俺の言っていることが分からない奴は人間じゃない」という意味の詩句が出てきても、音楽はそんな風には響きません。例えば、我々が日常で「ばかやろう!」と言う時の口調でも、嘲って「馬鹿野郎!」って叫ぶのか、窘めつつ「ばかやろう」と言い渡すのかでは大違いですが、ザラストロが歌うフレーズには「駄目だぞ」という諭しの心が常に漲っています。その辺りも好きなんですよ。
 故・実相寺昭雄先生には99年に初めてご指導頂きました。別分野の方と思っていましたが素晴らしい演出でした。作品の根本をガッと掴んで、演じる側にそれをガッと投げてこられた時など「降参です」と思いました(笑)。今回の『魔笛』は再々演ですが、実相寺先生のプロフェッショナリズム、職人気質そのもののプロダクションと思います。オペラ初体験の人を躓かせることなく最後まで見せて、「面白かったね」と言わせるステージです。なお、『魔笛』については18世紀の啓蒙思想及びフリーメイソンの影響を思い浮かべる方も多いことでしょう。今回の舞台ではその点は余り描かれませんが、『魔笛』の世界が主張する「男女がただ愛し合うこと」の崇高さには素直に触れて頂けるのではないでしょうか。
  『魔笛』のドラマは、世代を問わず受け入れられ易いものです。子どもたちが初めて舞台芸術に触れるにも最適な作品でしょう。実際、『魔笛』でオペラのリピーターを増やさずしてどうなる?っていう感じですよ(笑)。今回の二期会の上演が、高校生や大学生を含めた若い世代にオペラに親しんで貰うきっかけになればと願っています。
バスバリトンの立場から大役に精一杯取り組む
ザラストロ大塚博章
   
海道の岩見沢で育ちました。オーディオに強いクラシックファンの父と、合唱の好きな母に育てられ、教会で聖歌にも親しみました。しかし、小学生の頃は歌が嫌いでした。どうも声変わりが徐々に起きていたらしく、音楽の授業で皆の声から一オクターヴ下がるので、先生に怒られたりしました。でも、中学校で合唱部に入ると劇的変化が起きました。「こんなバスの声は珍しい」と褒められたからです(笑)。
  高校生になり、声楽とピアノを習いましたがすぐに辞めてしまいました。でも、大学受験の際に玉川大学の要綱を見たところ、音楽コースでもピアノや聴音の試験が無く、イタリア歌曲とコールユーブンゲンだけと分かり、試しに受けたところ合格しました。他の大学にも受かっていましたが、喜んでそのまま入学しました。在学時はマリオ・デル・モナコばかり聴きました。金属的できらびやかな声音に魅せられたのです。バスとしての発声を磨く上でもモナコの強靭な響きをイメージしています。大学二年の時に学園オペラでザラストロを演り、それが初舞台になりましたが、卒業後は三年ほど会社勤めをしていました。しかし、岡村喬生先生が主宰されるオペラ団でザラストロに選んで頂いたことを機に、歌の道を再び志し、今はそのまま突き進んでいます。
 ザラストロについては、音域や旋律の難しさよりも人間的な大きさを歌で出すのが大変です。昨年『パルシファル』のグルネマンツを演じましたが、それと同じく仙人みたいに器の大きな人物ですね。実相寺先生の『魔笛』では5年前に武士で出演しましたので、先生と先輩方がザラストロの解釈で意見交換されている光景も覚えています。
 数年前ミュンヘンに留学し、ヴォルフガング・ブレンデル先生のもとでオランダ人やヴォータンを勉強しました。ヴォータンだと葛藤や苦渋の念が歌詞にはっきりと出ますが、ザラストロだとその辺は心に留めて口では綺麗なことしか言わないので、ヴォータンの方が何となくしっくりきます(笑)。ただ、それだけにザラストロの演技は一辺倒になりがちでもあり、今回はその点に気をつけて感情も明瞭に表現したいですね。また、声の面では、故・若杉弘先生のご指導も歌手人生の糧になっています。「老け役の色を出そうとして、変に小細工せず、自分の声を一番良い形で出すように」とよく仰って下さいました。今回も声のイメージを余り頭に作らず、自然に出てくる響きを歌に載せるべく本番まで探ってゆこうと思います。
 ところで、この記事をご覧の皆様の中には、先述のオランダ人やヴォータンがザラストロとは別のカテゴリーに属するのではと仰る方もおいでかもしれません。でも、自分の中ではこの三役の歌声は相容れないものではないのです。それゆえ、今回の公演では、自分はそういう歌い手なんだと世の中に知ってもらいたく思っております(微笑)。二期会の大舞台で大役をやらせて頂く重責を全うしつつ、今後の方向性もより明確に打ち出せたらと思っています。


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