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オペラを楽しむ

下野竜也が魅せる『メリー・ウィドー』─上質で洒脱な音楽を気軽に
文:伊藤制子 写真:広瀬克昭

 

 現在、若手指揮者の中で注目度ナンバーワンといえば、読響の正指揮者をつとめる下野竜也さんだろう。古典から現代まで幅広いレパートリーに取り組み、スコアを徹底的に読み込んでのぞむ、高水準の演奏に定評のある下野竜也さん。11月19日、20日、21日、23日に行われるレハールのオペレッタ『メリー・ウィドー』公演で指揮台に立つ。近年オペラ指揮でも進境著しい下野さんだが、そもそもオペラとのかかわりは、意外なところから始まった。
 「鹿児島大学在学中に二度オペラにかかわる経験をしました。一度目は『夕鶴』の雪を降らす係。これがなかなか難しいんです。たくさん撒きすぎて、怒られてしまったんですが、舞台上の真剣な空気に感動した覚えがあります。二度目は『カルメン』で、黒子兼路上の群衆役というのを体験しました。私を含めて四人、最初から最後まで舞台上で寝ていて、場面転換の時に黒子として起きて働くという設定だったんです。最後ホセがカルメンを刺す場面でカルメンが倒れた時、私たちも起き上がってカルメンを見るという演技が入りました。もちろん何も言わず見るだけの演技だったんですが、すごく緊張しましたね」
 その後1999年から2001年までウィーン国立音大で指揮を学ぶが、留学時には、まさにオペラ、オペレッタ漬けだった。
 「先生から、同じ演目は三回観るように、と言われていました。まず何も考えずに観る、それからもう一度観る、最後にスコアを見て、ひたすら音楽だけを聴く、これで三回です。当時ワーグナーの『ニーベルングの指輪』を全曲初めて観て衝撃を受けました。オペレッタはフォルクスオーパーではもちろんですが、シュターツオーパー(国立歌劇場)でも公演があり、名匠ルドルフ・ビーブル指揮の『メリー・ウィドー』をお正月に観ました。歌手も素晴らしかったし、絢爛豪華で、音楽が付いたお芝居といった印象がとても強烈でした」
 1905年にウィーンのアン・デア・ウィーン劇場で初演された『メリー・ウィドー』。物語は、パリに近い架空の国ポンテヴェドロの大使館を中心に巻き起こる、大富豪の未亡人ハンナとその元恋人のダニロ伯爵の恋を軸に展開する。まさにオペレッタの傑作中の傑作である。下野さんは、この作品の魅力は、「上質でありながら誰にでも楽しめる親しみやすさを備えていること」だという。
 「『メリー・ウィドー』は他のオペレッタと同じく、ある意味では軽くて他愛ないストーリーをもっていますが、きちんと演奏するのはとても難しい作品です。ノリだけを重視した雑な演奏では、この音楽のもつクオリティの高さや洒脱さを伝えることはできません。音楽的な質はとても高いオペレッタですが、そうかといってお高くとまっているわけではなく、誰でもお芝居として楽しく聴くことができるところが魅力ですね」

 

 下野さんの指揮のスタンスは、「楽譜に忠実に。作曲者の意図するところをどこまで汲み取り、素直に表現できるか」である。
 「『メリー・ウィドー』は、以前はあまり楽譜がきちんと整備されていませんでしたが、最近ドブリンガー社から新しい校訂譜が刊行されています。ただ、楽譜に忠実にとはいっても、その意味するところはあくまでも作曲家が考えていることをきちんと把握するということ、作曲者の意図を無視して自分勝手に変えてはいけない、ということです。『メリー・ウィドー』の場合はこれまでの伝統もありますから、いくつかの楽譜を精査しつつ、準備したいと思っています」
 今回は、2005年の山田和也さんの演出の再演で、野上彰の日本語訳詞上演になる。
 「山田さんの演出をぼくの指揮で盛り上げていけたらいいなと思います。ぼくは演出には、バランス感覚が大切だと思います。演出が音楽の感動の妨げにならないこと、そして音楽と演出とが同じような時間感覚で進行していくことが大事ですね。音楽があってこそ演出が成り立つという視点が不可欠ではないでしょうか。今回は日本語上演ですので、日本語のアクセントやリズム感、さらに日本語での適切なテンポ感などに配慮する必要があります。ドイツ語のように、子音で発音に勢いをつけることのできる言語と異なり、日本語を美しく聴かせるのは難しいのですが、お客さまにしっかりと日本語が伝わるようにしていきたいですね。歌手に対する指揮者のあり方は様々だと思いますが、ぼくはどうしたら歌手が輝くかを考えることに興味があります。歌手が生き生きと自由に歌えるよう全体を束ねる役割を、指揮者として担っていきたいと思います」

 これから振ってみたいオペラとして、ドイツ語のオペラを挙げてくれた下野さん。
 「『フィデリオ』『魔弾の射手』、それからヒンデミットの『カルディヤック』『ロング・クリスマスディナー』、プフィッツナーの『パレストリーナ』といった作品を振ってみたいですね。それからチェコ語の勉強が必要になりますが、ドヴォルザークの『ルサルカ』や『ディミ|トリー』にもちょっと興味があります」
 終始にこやかにインタビューに応じてくれた下野さん。名曲オペレッタ『メリー・ウィドー』で、下野さんはどんな手腕を発揮してくれるのだろうか。

しもの たつや 指揮者
1969年鹿児島生まれ。2000年東京国際音楽コンクール<指揮>優勝と齋藤秀雄賞受賞、01年ブザンソン国際青年指揮者コンクールの優勝で一躍脚光を浴び、以降、国際的な活動を展開。国内の主要オーケストラに定期的に招かれる一方、ミラノ・ヴェルディ響、ストラスブールフィル、ボルドー管、ロワール管、ウィーン室内管など次々と客演を重ね、09年はローマ・サンタ・チェチーリア管、チェコフィルハーモニー、10年3月にはシュツットガルト放響へのデビューを飾った。
06年に読売日本交響楽団の初代正指揮者に迎えられ、現在に至る。2007年からは上野学園大学音楽・文化学部教授も務めるなど後進の指導にも情熱を注いでいる。