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キャストインタビュー[マルグリート]林 美智子・林 正子

『ファウストの劫罰』キャストインタビュー 文・山野雄大 Photo:Kohei Take


東京二期会は今夏、2007年《ダフネ》でも鮮烈な舞台を生んだ
大島早紀子を演出・振付に迎え、
ベルリオーズの劇的物語《ファウストの劫罰》を舞台上演する。
ヒロイン・マルグリートを歌うお二人にお話をうかがった。

音と言葉の豊かな融合に素晴らしいドラマがある
[マルグリート]林美智子
   
「母
が文学少女だったことにも影響されて、ゲーテの『ファウスト』は高校生の頃に読みました」と語る林美智子さん。「このベルリオーズの《ファウストの劫罰》も、そのゲーテを原作とした作品なのですから、きっと演出にも色々な可能性が広がるのではないでしょうか」と愉しそうだ。
 「ファウストやメフィストフェレスたちを現実的な存在とするならば、私の演じるマルグリートは少し抽象的な、女神のような女性像かも知れない。あるいはそれが逆でも面白いですし。リアルな人として生きるマルグリートと、空想世界に生きるファウスト…とか。思いめぐらせていますが、大島早紀子さんがそんな想像を遥かに超えた演出を考えていらっしゃってびっくり、ということもあるかも知れません」と朗らかに笑いながら、「演出によってキャラクターの設定も異なってくると思うので、自分自身では役の先入観を持たないようにしています。私、大島さんの舞台は初めてです。舞踊の方が演出されると〈動〉の世界から、また普通とは違う視点から表現されるでしょうから、どうなるかほんとに楽しみですね! 特に作品の前半をどのように立体的にみせるかというのが難しくもあり楽しみでもあり、なのです。むしろ合唱の演奏が大変な作品なのでは、と思いますが、完成度の高い作品ですから、こういうかたちで上演されるのはとても面白い試みだと思いますし、歌わせていただけるのは本当に嬉しいです」
 本作を歌うのは初めてというが、「ベルリオーズがもっともっと多くのオペラを残していれば…と思います。私は彼の作品では歌曲集《夏の夜》などを歌う機会をいただいたのですが、今回の《ファウストの劫罰》でも、言葉と音が邪魔し合わずに深く混じり合っているところに心惹かれます」と作品の魅力を語る。「フランス語独特の流れるような心地よさの中に音のドラマがあり、まるで自然に導いてもらえるように、違和感なく気持ちよく歌えます。歌には必ず歌詞があって、言葉には意味があって…。でも何かを感じる、という点では何語であっても世界共通ですよね。寒いな、美味しいな、悲しいな、愉しいな…など、いろいろな感情を音楽で表現するとき、音程から入るというよりも、言葉の意味を感じて発音が生まれ、音楽になってゆく。だからこそ、それぞれの歌い手によってカラーも全く異なってくるのです。しっかりと自分なりの解釈を表現していきたいと思っています。今回も林正子さんと私とでまったく違うマルグリートになると思いますから、ぜひ両方観ていただけたら!」とにこにこ。
 自ら作詞も手がけて新曲を委嘱するなど、言葉と音楽の新しい世界を拓くことにも取り組み続けている林美智子さん。優しい表情で語りながら、その意欲は熱い。ゲーテとベルリオーズという両巨匠が創り出した大作へ現代の俊英たちが挑む今回の舞台でも、その才が豊かな実りを生むことだろう。
愛を駆け抜けた女性の精神的成長を表現したい
[マルグリート]林正子
   
ルリオーズが文豪ゲーテの想像力を壮大な音楽に展開してみせた《ファウストの劫罰》、主人公ファウストが深く魅せられる女性・マルグリート。今回この曲を初めて歌うという林正子さんは、「東京二期会《皇帝ティトの慈悲》(2006年4月)では林美智子さんがセスト(メゾ・ソプラノ)で私がヴィテッリア(ソプラノ)という共演だったんですが、今回はふたりでダブルキャスト」と愉しそうに笑う。
 「学生の頃、フランス語のアリアを探していたときにこの作品の楽譜をみて、まずアリアの前奏をピアノで弾いてみたときから『うっ!これは凄い!』と思ったんです。ドラマ心理を追究するために計算し尽くされた音楽、そのオーケストレーションの魅力にしびれますよね。音楽の中で全てを表現して、聴く人の心を揺さぶるような凄さがあります」と魅せられた彼女。もっぱらメゾ・ソプラノの役として知られるこのマルグリートもいつか歌えたら……と思っていたが、ヨーロッパで活躍を広げるうちに「声も下の音域が出始めたので、この作品の世界にぜひ参加したいと思いました」。今回は満を持しての挑戦というわけだ。
 「シューマンの《女の愛と生涯》という歌曲集がありますけど、マルグリートはあれをほとんど一瞬で生きているんですよね。夢見る少女から恋、そして死へ、普通あり得ないような経験をしながら、凄い勢いで一生を駆け抜けきっている。私も出てくるたびに精神的に成長していなければならない」
 林さんはオペラ歌手としての目覚ましい活躍はもちろん、クラシック音楽の領域にとどまらない異ジャンルとの共演でも美声の可能性を拡げてみせるひと。「声に負担がかかりすぎて無理な役でない限り、先入観を破るような挑戦ならやってみない手はないですよね」と瑞々しい意欲で歌の喜びを磨き続ける。「つねに驚かせたいというわけではなく、つねに新鮮でいたい」という彼女のマルグリート、楽しみではないか。
 ちなみに、今回の舞台で演出・振付を担当する鬼才・大島早紀子については「実は私の高校の先輩。大島さんが主宰する《H・アール・カオス》の公演でも歌わせていただいたことがあるんですが、学校のカラーもなんとなくあるんでしょうか、最初にお会いした時から『ああ、このお姉さんとは話が合う』と思って。ただ、大島さんの演出は毎回凄いことになるじゃないですか。もしもワイヤーで吊されたらどうしよう」と笑う。共演を重ねてきたところでの今夏の舞台でも、いよいよ才気の共振も深まることだろう。「どれほど現代的なオペラ演出でも、役柄の根底にあるものは変わらない。それを表現するために心情を深く理解することは大切だと思っていますし、演出家の要求にも一生懸命応えていきます。古典作品をいかに現代にマッチさせ、今のお客さまに共感をもっていただけるか、そのために私たち歌手も自分たちなりの表現を尽くして、勝負をかけていきたい」
 美しい瞳の奥に覇気が輝く。