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オペラを楽しむ

『オテロ』を指揮する ロベルト・リッツィ=ブリニョーリ
聞き手:山上典彦 通訳:田辺とおる

 
─本日指揮なさるのは同郷の作曲家ドニゼッティの『ルチア』ですが、作曲者ドニゼッティと同郷人という特別な思いがございますか?
「ドニゼッティを歌うにはベルカントを十分に勉強して身に付けていなければなりません。ベルガモに生まれたからといって上手に彼の作品が指揮できるというものでは勿論ありませんが、同じ街に生まれたということは、特別にプレゼントを与えられたような気持ちで、彼を誇りに思っております。マエストロ・ガヴァッツエーニもベルガモの出身でしたが、私自身は指揮者になる前、このような偉大な先輩たちの下でコレペティートルを務めていました。彼らがいかに歌手を愛していたかを知り、なかんずくレガートの扱いを勉強することができたのです。これからもそれを生かしていきたいと考えています。
作品を演奏する場合、その作曲家すべてが演奏者に愛されていなければなりません。頭の中でも、体の中でも、全て五感で愛されていなければなりません。特にベルカントの作曲家の場合は作曲家への愛情がことさら大事です」。

─二期会では二期会Weekという催事で昨年『ルクレツィア・ボルジア』、(今年は『テンダのベアトリーチェ』)のハイライト演奏を行いました。二期会のみならず世界的にベルカント・オペラを上演するのが困難になっている状況の中で、ベルカント・オペラに多少なりともプラスになったと思っています。
「残念ながら劇場の多くは言葉が完全に捉えられた状態で演奏されるべきベルカント作品は、それゆえに頻繁には上演されません。実際に多くの練習が必要になるからです。私自身はたくさんの練習を厭いませんし、そのために日本に招かれると思っています」。

 

─ところで、ドイツの劇場ではレパートリーの稽古はどの程度行われるのでしょうか?
「例えば今日『ルチア』の場合オーケストラ練習は1回もありません。歌手との稽古を5日間行いました。本番に向けてオーケストラとの練習が1度も無いのは心配なことでもありますが、力のある劇場オーケストラはしっかり棒を読みますから、びっくりするほど良い結果をもたらすこともあります」。

─ブリニョーリさんの日本デビューは藤原歌劇団の『東洋のイタリア女』。その後二期会の『ラ・ボエーム』『蝶々夫人』でした。私自身はスカラ座でもブリニョーリさんの指揮を複数拝見しておりますが、日本を含めた世界の劇場で指揮なさっていて、各地の聴衆の違いなどをお感じになっていますか?
「日本のお客様は特別な聴衆です。勿論拍手を盛大にいただければ演奏者は嬉しいです。日本の聴衆の方もたくさん拍手をしてくださいます。しかしもっと大切なことは、指揮者というものは背中で聴衆が何を感じ、何を欲しているか、を感じるものです。日本の聴衆は特に演奏者のメッセージを受け止めようとしていて、とても集中力が高く、作品の中の作曲家を感じようとしているとされているのではないでしょうか?『蝶々夫人』を指揮したときに特に感じました。あの演出(2006年7月 東京文化会館 演出:栗山昌良)はすばらしかったですし、その後何度もNHKで映像が放映されたと聞いておりますが、あの時の成功は音楽の力だけではなく、演出のおかげでもあると思っています」。

 

─次回、東京二期会とは『オテロ』を控えています。スカラ座でも指揮なさっていますが、私はムーティ指揮で、同じプロダクションを拝見しました。ブリニョーリさんご自身の『オテロ』でのキャリアをご紹介いただけますか?
「私のキャリアにこの作品だけが寄与しているわけではないのですが、私のキャリアに影響を与えた恐らく最も大事な作品のひとつです。スカラ座では2001/02シーズンでマエストロ・ムーティによるプレミエのあとを受け、そのスタジオーネの後半を、02/03シーズンではすべての『オテロ』公演を指揮しました。『オテロ』は規模といい、エモーション(情感)、衝撃といい非常に特別な作品です。マエストロ・ムーティの後を私が引き継いだ(このシーズン彼は『ラ・トラヴィアータ』『リゴレット』を指揮した)ということで私に大きな世界をもたらしたという意味でも特別な作品です。
『オテロ』を上演するということは劇場とヴェルディ、シェークスピアとヴェルディの関係など考えられないくらい大きな世界を実践するということで、上演する側に一定の成熟度が要求されます。私自身も『オテロ』を指揮することによって成熟することができたし、誰にとっても『オテロ』を指揮するということは大変なことなのです」。

─今おっしゃった“成熟度”に関して、実はわが国の聴衆は『オテロ』について非常に良いプロダクションに恵まれているのです。マリオ・デル=モナコとティト・ゴッビとか、ドミンゴとクライバー指揮によるスカラ座のプロダクションなど、レベルの高い来日公演を多く経験しています。しかし、日本人だけによる公演となると、『オテロ』にトライアルした公演がオペラ運動として大変誉められたという事実がある程度です。それから現在、歌手も東京二期会という団体としてもようやく機が熟した、ということで最高峰ともいえる念願の『オテロ』を上演することに決定したのです。
「この演出家はどなたですか?」

─白井晃氏です。大変力のある演出家で実は二期会は、かなり長く彼の演出を希望していましたが、ようやく実現の運びとなったわけです。ご存知のようにわが国にはゲスト外国人歌手を招いて上演するという劇場もあるのですが、二期会はそのよって立つところの理由もあり、『オテロ』にせよ、ワーグナーにせよ、リヒャルト・シュトラウスにせよ、日本人が高いレベルに挑戦しないと、自ずとオペラ文化の裾野も拡がらないとの観点から、常に日本人歌手によるオペラ上演を目指しています。このようなこだわりは外国の方からみてどのような印象をお持ちになりますか?
「とてもポジティブです。すでに二期会公演に携わっている経験からの日本の歌手の水準が高いところにあることも知っていますし、先ほどの成熟度に関しての認識も共通しております。単に公演するだけではなく、若い歌手が稽古を共に経験することで必ず次世代につながることになります。日本の歌い手が熱心なのは驚くばかりです。イタリアオペラの母国の者からたくさんのオリジナルなものを引き出そうとしています。経験と長い稽古によってのみ向上があるのです。勿論よい指揮者によって」。

─ありがとうございました。


Roberto Rizzi Brignoli ロベルト・リッツィ=ブリニョーリ
◎ベルガモ生まれ。ミラノのジュゼッペ・ヴェルディ音楽院ピアノ科を首席で卒業。同音楽院で作曲並びに指揮も学ぶ。97/98スカラ座『ルクレツィア・ボルジア』で大成功を収めた。近年はドレスデン、ベルリン、ジェノヴァ、トゥールーズ、などの有力歌劇場へ定期的に登場している。2010/11年にはメトロポリタン歌劇場で『ラ・ボエーム』を指揮することが決定した。www.rizzibrignoli.com