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キャストインタビュー[ウリッセの帰還]大沼徹・小林昭裕

『ウリッセの帰還』 キャストインタビュー 文・山崎浩太郎 写真・広瀬克昭

 

ニューウェーブ・オペラ公演で主役のウリッセに抜擢された、若手のお二人。

ともにオペラ歌手になるとは思ってもいなかったそうだ。

そこからこの道を選んだ経緯、役の抱負などをうかがった。

劇場の空間でオペラに目覚めた 言葉や人間関係を通じて役作り
[ウリッセ]大沼徹
   
─ご出身が東海大学というのは、オペラ歌手としては珍しいのでは。
 教員志望だったんです。福島出身なので、そこで中学か高校の先生になるつもりでいました。歌とかピアノとか、特に興味なかったんですよ(笑)。そのため受験できる学校が限られていて、その一つが東海大学だったのです。音楽家になるとはおもっていませんでした。合唱も嫌いだったし。高校は男子校だったんですが、男子校の合唱部は一種異様な雰囲気なので、敬遠してました。小林さんに怒られちゃいそうですが(笑)。大学ではオーケストラ部でオーボエを吹いていましたが、それも趣味の範囲でした。
 ところが大学で師事した梶井龍太郎先生は、私にとって、歌の師匠というより親代わりみたいな存在なんですが、歌をやってみろとすすめられまして。
 そこで、大学院の二年目から一年間、ベルリンのフンボルト大学に留学して、ドイツ語を学びました。じつはこの大学の目の前が、ベルリン州立歌劇場(通称リンデン・オーパー)なんです。
 オペラに二日に一回、三日に一回と通っているうちに、これはいいなと。それまでオペラ歌手になるつもりはなく、リートが好きだったんです。詩の意味よりもドイツ語の響きそのものが、音声として好きでした。でもリートだけではつまらないなぁ、とおもって見始めたら、面白い。フリードリヒ演出の『魔笛』とか、十回くらい見ました。ルート・ベルクハウス演出の『セヴィリャの理髪師』も素晴らしかった。簡素なのに前衛的ではなく、素晴らしい。あとシュレーカーの『はるかなる響き』とか、ショスタコーヴィチの『鼻』とか、いろんなものが上演されている。劇場の空間のなかで、オペラの面白さに目覚めたんです。
─ウリッセ役について。
 じつは、初めてオペラの名前も知ったぐらいで。大急ぎで準備したんです。ホメロスの伝説は知っていましたが、このオペラそのものについては、筋書きから勉強しました。初めはどんな歌というイメージもなく。でも、器楽的な旋律は好きです。オーボエ吹きなので、くるくるまわるような動きや装飾歌唱はとても好きなんです。
 役柄はまだまだ勉強中ですが、周囲の登場人物、家族などがウリッセをどう考えているか、どんな言葉を用いているか、そういった人間関係を通じて考えることで、役づくりしなければいけない、独りよがりではいけないとおもいます。出ずっぱりの役は初めてなので、体調面のコントロールとか、どうなっちゃうんだろうという楽しみがありますね。
 演出の髙岸さんとは市民オペラ『カルメン』のスニガ役でご一緒させていただいたばかりです。明快な演出プランを示され、的確でとても勉強になります。稽古は厳しいですけど、素晴らしいです。
謙虚さをもつ“真の英雄”の姿を ドラマチックに歌い上げたい
[ウリッセ]小林昭裕
   
─慶応大学の経済学部を出られてから、芸大の声楽科という経歴を歩まれてますが、これはどのような理由なんでしょうか。
 高校から慶応大学まで、合唱をやっていました。出身は三重の伊勢ですが、東京には多様でたくさんの合唱音楽が溢れていることを知って、自分もそれを志したい、合唱指揮者になりたいとおもいました。普通の就職活動もしてみたんですが、先生の門を叩いて、東京芸大に入りなおしました。
 芸大に入るまでは合唱中心で、オペラには興味ありませんでした。でも、慶応の混声合唱団で教わった栗山文昭先生から「演奏とは演じて奏でること」だと教わっていたので、演じることも大切だとは感じていました。芸大の先生からも、いい声なんだからソロでやってみろと。
 そこで歌ってみると面白い。芸大一年のときに『コジ・ファン・トゥッテ』が奏楽堂で上演され、その助演に参加したんですが、みんなで音楽をつくっていく過程に惹かれました。モーツァルトって、合唱では宗教曲しか歌わなかったので、オペラはとても新鮮におもわれました。ところがオペラは人間臭くて、しかも美しい。モーツァルトはオペラだなと。
 それから、終演後に歌手たちがカーテンコールで客席から喝采を受けているのを見て、これはいいなあ、やってみたいと。結構目立ちたがりなんです(笑)。
─ウリッセ役について。
 二期会からオーディションの案内がきたんですが、最初ウリッセ役はテノールだから、受けられないとおもったんです。ところが読んでみるとヘンツェ版ではハイバリトンとあるので、受けてみることにしました。そこでヘンツェ版のLD(一九八五年ザルツブルク音楽祭、テイト指揮、ハンペ演出)を観まして、ものすごく大変だけどかっこいい役だと。ウリッセはトーマス・アレンが歌っているんですが、ノンヴィブラートのバロック唱法ではなく、ガンガン歌っている。私もこれでいこうとおもいました。というより、そうでないと歌えない。人間臭さを出して、ヴェルディのようにドラマチックな方が面白い。オーディションではそのように歌ったんです。
 ウリッセというのは英雄なんですが、悩んだり悲しんだり迷いを見せます。軍人なのに神様の前では素直で、助言を受け入れる。真の英雄には謙虚さがあるんですね。
 今回はバロック・オペラでありながら、現代音楽風のオーケストラが鳴り、歌手はヴェルディのように歌うという、めったにない、三度おいしい上演になるとおもいます。