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キャストインタビュー[ヴィオレッタ]安藤赴美子・[アルフレード]井ノ上了吏
『ラ・トラヴィアータ』 キャストインタビュー 文・生賀啓子

いま最も輝く、旬の歌い手を一堂に集めたキャスティングも東京二期会オペラならでは。 舞台でコンビを組むお二人に『ラ・トラヴィアータ』公演への想いを語っていただきました。
ヴィオレッタの生き様が 観客の心に残るような舞台に
[ヴィオレッタ・ヴァレリー]安藤赴美子
 東京二期会デビューは2006年、プッチーニ作曲『ラ・ボエーム』のムゼッタ役。「このときが〈プロのオペラ歌手〉として、初めての大舞台だった」と語ってくれた、安藤赴美子さん。〈日本のオペラ界にいっそうの華やかさをもたらす、逸材の登場!〉と、音楽ファンからの絶賛と熱い注目を浴びたことは記憶に新しい。
 「『ラ・ボエーム』のときは、こんなに目立つ役をもらってしまった! と正直動揺していたのですが、現場はとても和やかで、新人ということをあまり意識せず出演させていただけてありがたかったです。本公演に先がけて行われた東京二期会の新年会では『ムゼッタのワルツ』を歌わせていただき、愛好会のみなさんからの温かい応援に励まされ、とてもうれしかった思い出があります」
 ヴェルディのほか、プッチーニ、モーツァルトなどのオペラ、またオペレッタ作品の重要な役どころにマッチする、純度の高い〈ソプラノ・リリコ〉の声質と色香の漂うエモーショナルな歌唱が持ち味。一方で、オペラの面白さに目覚めた時期は遅く、国立音楽大学大学院オペラ科修了後、新国立劇場オペラ研修所で学んでいた頃だという。 「舞台をより近くで見聴きする機会が増え、オペラの作品や演奏、劇場が一体化する瞬間に魅せられていきました。歌手としてこの世界に携わりたいと強く思うようになっていったのです」
 『ラ・ボエーム』から2年余りを経て新たに掴んだ役柄は、ソプラノ歌手ならば誰しもが憧れるプリマドンナ、ヴィオレッタだ。
 「ここ数年間は定期的にミラノへ渡り、歌唱技術、音楽作りやドラマの構築、イタリア語の発語を重点的に学んできました。その研鑽の一つの成果として受けてみたのがヴィオレッタのオーディション。以前、ボローニャに留学していた頃から、声楽教師や演奏家の方々に『ヴィオレッタをやらないのか?!』と言われることがたびたびありましたし、私自身、ヴィオレッタを演じることは夢でした。いつかどこかでチャンスを見つけたいと窺っていたんです」
 届いた合格通知を見て「一瞬、よろめいてしまった」と打ち明ける、安藤さん。本格的な舞台稽古を前に、ご自身が考える『ラ・トラヴィアータ』の聴きどころについて、おうかがいした。
 「どの場面も、音楽も、最高の作品です! 最初のプレリュードから心が揺さぶられ、〈ああ、オペラに来てよかった!〉と思えるはずです。それぞれのアリアは聴き応えがありますが、特に2幕でヴィオレッタが〈Amami, Alfredo!〉を歌い上げる音楽は本当に素晴らしいです。ヴェルディの作品はヒロインが死ぬ前の音楽がとても美しく、心が浄化される体験が味わえるのではないでしょうか」
 運命の人、アルフレードへの愛を通じて「ヴィオレッタの生き様が観客の心に残るような舞台にしていきたい」と考えている。「ヴィオレッタの愛は最期まで誠実で配慮に溢れていたと思います。ヴェルディが描いた最高の音楽にヴィオレッタの想いが表れるよう、歌い綴っていきたいです」
未成熟な男の気持ちを テンション高く演じて 舞台を盛り上げたい
[アルフレード]井ノ上了吏
写真・広瀬克昭  
 まるで澄み切ったイタリアの青空のような伸びやかさと輝きに満ちた美声。プッチーニ作曲『ラ・ボエーム』のロドルフォ、モーツァルト作曲『コジ・ファン・トゥッテ』のフェランドなど、女心を捉えて離さない魅力的な男性を演じたら当代一流のテノール歌手・井ノ上了吏さん。
 声楽との出会いは、高校生の頃に音楽の授業で聴いた、イタリア人歌手ジュゼッペ・ディ・ステファノが歌うカンツォーネだった。
 「リリカルで情熱的な〈イタリアの歌声〉とナポリ民謡のメロディに、強烈に心を動かされまして。高校時代はブルーグラスやカントリー音楽のバンドを組んでいましたし、フランク・シナトラのようなボーカルが好きだった背景もあるのでしょう。それから一気にクラシックの歌の世界へのめり込んでいきました」
 長年にわたる〈イタリアへの想い〉が叶い、30代前半時期にはモデナやミラノで〈本物のベルカント〉を5年間みっちりと学んだ。「イタリアの空気を吸いながら、歌の本質的なこと、オペラの主要なキャラクターと歌い方について一流の師から学び、現地の歌劇場やコンサートで歌えたことは、音楽人生の中で最も素晴らしい経験だった」と振り返る。
 帰国後は、オペラ、オーケストラとの共演、リサイタルに活躍して久しい。さらには二期会オペラ研修所講師、現在は4校の音楽大学で非常勤講師を務めるという超多忙ぶり。「僕は自然の中でのんびりぼーっとするのが好きなんですが、今はそうする時間も取れないほど」と苦笑する。
 どんなに忙しくとも、音楽への愛情と探究心は忘れない。
 「もともとスペイン人歌手のアルフレード・クラウスや、ファリャ、トゥリーナといった作曲家が好きで、いま特に追究したいと考えているのはスペイン音楽。2006年には『二期会スペイン音楽研究会』を立ち上げ、塩田美奈子さんが会長、僕が副会長となり、スペインの音楽を演奏していくと共に、文化や歴史を学ぶ活動を続けています。今後は、日本ではまだなじみの薄いスペイン歌曲やオペラ、サルスエラを広めていければと思っています」
 さて、歌手として今、最も脂の乗った時期にある井ノ上さんが次回東京二期会で演じるのは『ラ・トラヴィアータ』のプリモ・ウォーモ、アルフレード。これまでに65回を越えるオペラの舞台で演じてきた〈心身に沁み込んでいる役〉だ。 「今回の演出では、おそらく、アルフレードに〈若々しさ〉が求められるだろう」と井ノ上さん。
 「演出内容の詳細な決定はまだ先ですが、僕自身はアルフレードの未成熟な男性の、若さゆえの向こう見ずさ、弱さを表現していけたらと考えています。若者らしい青さや気持ちが揺れ動く様をテンション高く演じ、舞台全体を盛り上げ引っ張っていきたいです」
 「いかにヴェルディが伝えたかった音楽を壊さずに、演出家が意図する芝居をしていくか」が自身の課題。〈はまり役〉ならではの歌と演技に期待しよう。