TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

気品と繊細さを備えた
新しいヴェルディ・ヒロイン像に期待する
片桐卓也(音楽ジャーナリスト)


 ヒロインになんと要求の多いオペラだろうか?『ラ・トラヴィアータ』を見るたび、誰でもそう思うだろう。第1幕からほぼ出ずっぱり。刻々とその感情の動きが聴衆に伝わり、一瞬たりとも歌と演技への集中力を切らすことが出来ない。歌い手としての力量だけでなく、演技者としての魅力も必要だ。初演が失敗したのも無理はないと思う。しかし、2002年に上演された『椿姫』を見た時に、確かに澤畑恵美はその高い要求に応えていた、しかも、気品を備えて。
 以前から、澤畑は透明度の高い、滑らかな声を持っていたが、最近ではそれに力強さも加わって、ヴェルディのヒロインを歌うにふさわしい声となってきた。だからこそ、宮本亜門演出での彼女の演技に期待が高まる。演出コンセプトだけでなく、どんな演技を宮本が彼女に要求するのか、そしてそれを彼女がどう自分の表現として達成するのか、今から様々な想像が湧いてくる。
 ヴィオレッタが難しいのは、ドラマティックな歌唱だけでなく、実に繊細な歌唱表現を要求されるからだ。特に第2幕第1場での、ジョルジュ・ジェルモンと彼女の長い長い2重唱はまるで協奏交響曲のようで、そこには大胆なテーマ呈示もあれば、お互いのソロもあれば、時にほとんど気付かれないほどの感情表現も含まれている。そこにひとつひとつのドラマがあるのだ。
 澤畑はCD「にほんのうた」で、言葉を活かしながら、そこに繊細な感情表現を盛り込むことに成功していた。その経験もここで生きるだろう。ヴェルディの音楽の奥に潜む様々な心の動きを、澤畑はその鋭敏な感覚でつかみとり、今まで我々が気付かなかったヴィオレッタの感情を表現してくれるに違いない。
 ヴェルディは歴史物かシェイクスピアにしか興味を示さなかった。その作曲家が書いた唯一の「現代劇」。その鮮烈な感情のほとばしりを、澤畑の歌の中に聴きたい。
◎CD情報
「 にほんのうた/澤畑恵美」
フォンテックFOCD-9356 3,000円(税込)