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キャストインタビュー[ジェルモン]小森輝彦・青戸知
『ラ・トラヴィアータ』 キャストインタビュー 文・生賀啓子 写真・若林良次

“息子を愛する父親”であり“したたかな策士”のジェルモン 彼こそが『ラ・トラヴィアータ』のキーパーソンといえよう 存在感のある歌声とともに卓越した演技が要求される難役だ
身勝手な男の心情を通じて 悲劇をより深く描き出す
[ジェルモン]小森輝彦
◎ドイツからフレッシュな音楽&生活情報を発信する、小森輝彦さんの公式サイト 「テューリンゲンの森から」
http://www.teru.de
ゲラ市立歌劇場隣の庭園にて  
 現在、ドイツ、アルテンブルク・ゲラ市立劇場の専属第1バリトン歌手として活躍中の小森輝彦さん。日本のオペラファンには、2008年2月、東京二期会公演『ワルキューレ』のヴォータン役での秀演が想い起こされることだろう。
 オペラ、リート、宗教曲まで、数多くのレパートリーを持つ小森さんにとって、『ラ・トラヴィアータ』で演じるジェルモン役は思い出深い役柄の一つだという。
 「ヨーロッパデビューがジェルモンだったのです。ベルリンで留学生活を送っていた1999年、電車で5時間半かけてプラハ国立歌劇場の日帰りオーディションへ行き、勝ち取った役でした。同歌劇場で2シーズン、またゲラの劇場と日本でも歌っています。ヴェルディ作品の中では一番関わりが多い役といえるかもしれません」
 8月には東京で、ヴェルディのオペラアリアを集めたリサイタルを開催。そして、2009年早々に『ラ・トラヴィアータ』。いま、小森さんの音楽生活の中で「ヴェルディ」という作曲家はとても大きな位置を占めている。
 「ヴェルディ・バリトンとしてのエットーレ・バスティアニーニは僕にとって神様のような存在です。彼の響きには〈祈り〉があるんです。これが心の琴線に触れて〈演奏には、技術や音楽性、演技力よりも大切なものがある〉ということを教えてくれたように思います。 作品やオペラの役を分析して歌い演じるという劇場生活の日常の即物的行為だけに埋もれることなく、また歌に気持ちを込めるとかそういう単純な事だけじゃなくて、〈祈り〉のような高次元の魂の姿勢をヴェルディ作品では大切にしていきたいです」
 様々なプロダクションで演じてきたジェルモン役。今回のプロダクションのコンセプトは現時点では示されていないが、小森さん自身がジェルモンの役作りの上で重要と見るのは、ずばり、第2幕の前半シーンだ。  
 「身勝手なジェルモンに強いられるまま、ひたすら口を噤んできたヴィオレッタが3幕冒頭で、その口を開け放ち〈もう遅い!〉という心の叫び。これが悲痛に聴衆の心に突き刺さるように、2幕で僕がこの叫びの準備をしなくてはなりません。ジェルモンの行動がヴィオレッタに圧力をかけているのが感じ取れないとヴィオレッタの叫びの悲痛さが浮かび上がりませんから」
 ゲラ市立劇場との専属契約とともにテューリンゲン州ゲラ市に住まい、2008年で9年目を迎える。同劇場以外では、ヨーロッパ各地での客演も多く、2006年にはザルツブルク音楽祭に出演を果たした。  「あの祝祭大劇場で歌えたことがこれまでの音楽生活における一つのハイライトとなりました。高校生の時、急に〈オペラ歌手になる!〉と思ったときには既に〈ドイツで専属歌手になる〉とまで決めていた。その夢が叶って、ドイツ生活も満喫して……そろそろ転換期かな、と自分では思っています」
 小森さんの次なる夢、目指すゴールとは? 進化の様は『ラ・トラヴィアータ』公演で体感したい。
権威ある者の非情さと寛容さ 苦闘と哀しみが交錯する複雑な役
[ジェルモン]青戸知
2008年6月『ナクソス島のアリアドネ』ゲネプロ前に東京文化会館中庭にて
撮影協力:東京文化会館
 
 牧師の家庭に生まれ、賛美歌やオルガンの音に親しんで育った少年時代。その美声を見込まれ始めた声楽で、高校3年生の時に全国学生音楽コンクールの1位を獲得。以後、声楽家への道をまっしぐらに歩んできた、青戸知さん。
 1996年の二期会『ワルキューレ』ヴォータン役は今もファンの間で語り継がれる大成功をおさめ、その後オペラ、オーケストラとの共演、リサイタルに活躍。しかし2004年、再び学問の府に戻る、という選択をして周囲を驚かせた。
 「それまで歌うことへの使命感に燃えて懸命に打ち込んできました。けれども〈今よりもっと、自分に自信を持って、歌えるようになりたい〉という思いが募り、もう一度じっくり勉強しようと大学院博士後期課程に入学しました」
 "音楽の本質を知り、演奏家として成長したい"と考え、研究テーマに選んだのは、自身のライフワークである、マーラーの作品。
 「彼の声楽作品に独特の〈やわらかいリズム〉。それを生み出すためにマーラーが用いた技法や用語を分析し、それらが演奏でどの階層に現れるかを研究しました」
 朝から晩まで図書館に通いつめ、学位論文〈グスタフ・マーラーの音楽におけるやわらかいリズム〉を完成させ、博士号を取得。
 「学問として調べ、研究し、論文として言語化する作業は演奏家にとっても大切だと思います。僕自身、研究経験は演奏活動を再開した今に活きていると実感します」
 さらに、青戸さんは「音楽の本質を、心からの思いを込めて音楽的に伝えるためには、〈リズム〉〈発音〉〈音程〉という3つの基礎をいま一度大事にしたい」と続ける。
 「この"3つの基礎"の大切さは、ミラノ留学時代に、名ピアニストでありコレペティトゥアであったアントニオ・ベルトラミ先生から深く学びました。ある日、ひたすら発音・音程・リズムのことだけを考えて歌ったら、〈ブラヴォー! それが音楽だ!〉とただ一度、初めて褒めてくださった。先生の教えはすべて僕の宝物です」
 そして2009年2月、『ラ・トラヴィアータ』ジェルモンを演じる。
 「華やかな舞踏会から終幕の死まで、美しさと醜さ、重さと軽さが混在する作品。明暗のコントラストを意識しながら、ジェルモンの複雑な内面を見せていきたい。青年の中にも円熟があり、老いてゆく者の中にも若さがあるーバリトンの声が、この人物に深みを与えているともいえるのです」
 青戸さんは2008年6月の東京二期会『ナクソス島のアリアドネ』にもハルレキン役で出演。生き生きしたリズム、ブリリアントな声が音楽を輝かせ、コミカルな中に道化の優しさと悲しさが垣間見える繊細な演技だった。
 そして意外にも(失礼!)ダンサーのような軽やかなステップに目を見張ったお客様も多いのでは。
 「僕は歩くのが大好き。いつも2駅手前から家まで歩きます。そうしたら、いつの間にか体重が10キロも減っていました。」
 「オフの日は自転車に乗って、息子達と川辺やプールで遊んで過ごすのが楽しい」と話すマイホームパパ。舞台ではどんな父親像を魅せてくれるだろうか。