TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

私とオペラ
檀 ふみ

 むかしむかし、私がデビューしたばかりのころ、立川清登さんのアシスタントとして、一年ほど奥さま向けのワイドショーの進行役を務めていたことがあった。
 「ダンちゃん、オペラを観にいらっしゃい」
 なんどか、そんなお誘いをいただいた。
 「はい」と、しおらしく応えながらも、てんから行く気のないことが、ありありと顔に表れていたのだろう。
 「オペラなんて、つまらないと思ってるんでしょう。とにかく一回来てよ。観れば、絶対に面白いんだから」
 立川さんが力説された。
 まだ私は二十歳前。世の中のことはほとんどわからず、オペラを「つまらない」と思うほどの教養さえもなかった。だが、遠い異界のもの、自分とは縁がないものと、結局、立川さんの舞台を観には行かなかった。
 私がオペラに行くようになったのは、立川さんが亡くなられてからである。
 自分で切符を買って、積極的に観るというふうではなかったが、誘われれば、できる限り都合をつけるようにした。「観れば、絶対に面白い」という言葉が、遺言のように頭の中でこだましていたからかもしれない。
 だが、しばらくの間は、それほど「面白い」とは思わなかった。感じたのは、面白さよりも心地よさで、妙なる楽の音、柔らかな照明、贅を凝らしたセット、美しい歌声……、オペラが始まると条件反射のようにまぶたが重くなった。夢がうつつか、うつつが夢か。「寝ちゃいけない、寝ちゃいけない」と抗いながら、オペラを聴きながらウトウトすることが、極上の喜びだった。
 あるとき、その夢の世界から、ハッと目覚めさせられた。雷に打たれたようだった。オペラが、実は芝居であると気づいたのである。
 「なんだ、こいつは。オレと同じように芝居している。その上、歌まで歌っている!」
 と、これは、ドミンゴの「オテロ」を観て呟いたという、名優ローレンス・オリビエの言葉だが、ま、私も似たようなことを思ったわけです。面白い!
 それから先は、まるで高飛び込みだった。たちまち、どっぷりと、オペラにはまってしまった。気がつくと、マリア・カラスのCDをバックに、口パクで、一人オペラをしている自分がいるくらいである。
 立川清登さんのお誘いに乗らなかったことを、つくづく申し訳なく、もったいなく、残念に思う。でも、あのころの私ではなく、今の私の目と耳がなければ、観ても、「面白い」とは思わなかったろうとも思う。
 オペラ耳目の成熟には、時間がかかるのだ。

檀 ふみ(だん ふみ)
女優。映画「男はつらいよ・寅次郎純情詩集」「山桜」ドラマ「日本の面影」「藏」他、数多くの作品に出演し、第17回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。近年ではエッセイにも定評があり、阿川佐和子さんとの共著「ああ言えばこう食う」はベストセラーとなり、第15回講談社エッセイ賞を受賞。
近著は「檀流きもの巡礼(たび)」


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