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オペラを楽しむ

『仮面舞踏会』を楽しむ
粟國淳×樋口達哉 『仮面舞踏会』への思いを語る

聞き役&構成・山崎浩太郎 / 写真・広瀬克昭


◆『仮面舞踏会』という作品についての思いをお話しください。
粟國 じつはヴェルディのオペラの中では、あまり好きじゃないと思っていました。きれいなアリアも音楽もあるけど、ストーリーやドラマにはいまいちインパクトがない。三角関係のもつれでブスッと刺して、それでおしまいなの?というのがあったんです。ウルリカの場面でのリッカルドの〈水兵のアリア〉なども軽い。
 しかし思いなおすと、ヴェルディには『ファルスタッフ』もあるし、『運命の力』にもメリトーネの扱いとか、ブッフォの要素が入っているのに、すごいドラマがある。これはヴェルディがコントラストをつくるためにやっているんだろうと。〈水兵のアリア〉にしても、そのあとにウルリカの爆弾的な予言がくるわけで、やはりコントラストがある。ジョークがダークというか、ある種グロテスクになりますよね。その深みに注目していくと、ああなるほど、と納得し始めました。
樋口 テノールの役として考えると、心理的な藤などの内面の大きな揺れを感じられるのは、『椿姫』のアルフレードなどよりもこの役です。ヒーロー的という意味ではテノールの中でもいちばんかっこいい役なので、絶対にやっていきたい、レパートリーにしたい役なんです。
粟國 テノールにとってはそうだよね。アルフレードはどんなに役をつくっても、全部ヴィオレッタに吸い取られてしまうものね。
樋口 そうなんです。歌手にとって充実感もあるけれど、でも引き立て役でしかない。しかし『仮面舞踏会』では三角関係の3つの頂点、リッカルド、アメーリア、レナートそれぞれをはっきりと表現できる。
 僕はこの役が大好きなんです。なんといっても音楽が大好きなんですよ。リッカルドがアリアでみせる大人の寛容さ。アメーリアとの二重唱。テクニック的には難しいんですが、やりがいがある。
粟國 淳(あぐに じゅん)
演出家 Jun AGUNI
1994年ローマ歌劇場公演に日本側スタッフとして参加、その業績によりローマ歌劇場演出部に迎えられた。1998年新国立歌劇場開場記念公演(F.ゼッフィレッリ演出)『アイーダ』を始めとして外来演出家のアシスタントを務め、次第に活躍の場をヨーロッパ、アメリカに広げる。新国立劇場では02年『セビリアの理髪師』で演出デビュー、『幸せな間違い』(小劇場)、03年『ラ・ボエーム』、04年『外套』、05年『おさん』を手がける。03年、伊サッサリ州ヴェルディ歌劇場『アンドレア・シェニエ』を演出。
樋口達哉(ひぐち たつや)
テノール Tatsuya HIGUCHI
エンリーコ・カルーソー国際声楽コンクール最高位(ミラノ)他、受賞多数。1998年ハンガリー国立歌劇場『ラ・ボエーム』ロドルフォ役でヨーロッパデビュー。ミラノ・スカラ座ムーティ指揮『運命の力』に出演、メトロポリタン歌劇場管弦楽団等とも共演している、国内では、新国立劇場『トスカ』『蝶々夫人』『ファルスタッフ』、日生劇場『夕鶴』等で好評を得ている。二期会公演には、今年2月『ダフネ』に続く出演で、期待を集めるテノール。二期会会員
◆今回はボストンが舞台ですが、演出によってはヴェルディの当初のプラン通りにストックホルムへ移すものもありますね。
粟國 ボストンでもストックホルムでもなく、それを取っぱらって考えています。ヴェルディ自身、最終的にはどこでもよかったんじゃないかと。権力者がいて、主役3人の人間の関係があるというテーマをまず出したかったんだろうと。視覚的には1850年代のヨーロッパの、ヴェルディの音楽が書かれた時代で、装置の感じはリアルではないようにしたいです。
 オペラの面白さは、音楽が絶対にリードしていることです。歌って芝居をすることがそもそもアンリアル(非現実)といえます。アリアなど特に、抽象的な世界を描いている。そこでは歌手の内面にしぼって、空間もそれに合わせるべきです。装置の個性が強すぎるのは邪魔になる。
 また、時代設定を現代に動かすのも無理がある。ヴェルディの音楽がそうではないし、私は、レナートに剣でリッカルドを刺してほしい。現代なら遠くからピストルで撃っておしまいのはずでしょう。でも、剣はある意味で男のシンボルで、それに命を賭けている。だから剣を使う時代であってほしい。
樋口 今は読み替え演出とか流行っていますけど、僕もやっぱり、オリジナルの設定を生かした方が作品にすんなり入っていける。だからその剣の話はよくわかります。
 粟國さんはイタリア暮らしが長いので、日本とイタリアとの本質的な考え方の違いをよく理解している。だから練習していても「これはどういうことなの?」と刺激になるんですよ。特に僕はレチタティーヴォの重要性を感じます。アリアに持っていくまでの心理を実によく描いている。その重要性がイタリア語を知るとよくわかってきます。
◆ご一緒にお仕事されるのは、今回の『仮面舞踏会』で4度目とのことですが。
粟國 僕は個人的には大好きなんですよ(笑)。
樋口 最初に会って、そのオペラの創り方が衝撃でした。オペラを創りあげていくので、決して押しつけではないんですよ。歌をどう歌いなさい、ではないんです。内面から気持を誘導してくれるのです。その誘導を受けて、気持を受けて歌うことで、次第に歌い方や声も変わってきます。世代も近いということもあり、すごく楽しんで一緒に仕事できる関係です。だから今回もとても楽しみです。
粟國 レナートとリッカルドみたいにならないといいけど(笑)