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オペラを楽しむ

『カプリッチョ』
キャストインタビュー


ヨーロッパへ留学し、本場の歌を学んだ二人がシュトラウスの大作『カプリッチョ』に初出演。
これまで培ったものを礎に、独自の感性をプラス、どのような演技が繰り広げられるか期待が高まる。

文・中沢文子 写真・村上豊 広瀬克昭


激動の時代を生きた作曲家の“カプリッチョ”とは何か
[女優クレロン]加納悦子

イツ・ケルン市歌劇場のオペラスタジオから専属歌手として契約。『フィガロの結婚』のケルビーノ、『蝶々夫人』のスズキをはじめ、40以上の演目に出演。2005年G・アルブレヒト指揮による『ここに慰めはない』を世界で初演し、歌唱力、演技ともに高い評価を得ている加納悦子さん。「趣味は歌! 一日中歌っていられたら本当に幸せです」。幼少から歌うことが大好きで、歌は天性のものというべき彼女だが、より磨きをかけるきっかけとなったのがドイツ留学といえよう。「本場で歌曲を勉強したくて留学しましたが、とても刺激的な毎日でした」。なかでも歌に対する考え方の一致が彼女を大きく飛躍させた。「日本では発声法やテクニックのことばかり指摘され、落ち込むことも多々あったんです。でもドイツでは、私はこの歌をこんな風に伝えたいという表現力や意欲を認めてくれ、すごくうれしかった」。彼女に内在していた力や魅力がどんどん引き出されてゆき、数多の演目で活躍するまでに。当初1〜2年のつもりが14年滞在することになった。
 「シュトラウスは音楽劇作家としては天才的。譜面を見て意欲を駆り立てられました」。と『カプリッチョ』について語る彼女だが、気になったのが題名だという。「日本語訳で《気まぐれ、適当な楽しみ》という意味ですが、気まぐれとは全く無縁の内容なのです。確かに登場人物の思いつきで新しいオペラを作ることになる、という筋書ですが、本質的にはこれはシュトラウスの人生の総括なのではないかと感じます」。彼が活躍した時代は、ヒトラーが台頭した第二次世界大戦。激動の世に次々とヒット作品を送り出したが、最後の作が『カプリッチョ』だった。「当時、彼は劇場の支配人や政治家との間でさまざまな格闘をしながら作品を作ってきたと思うんです。相棒だった脚本家ホフマンスタールも世を去り、自分も高齢。その生涯を振り返って、人生もまた"カプリッチョ"と思う、晩年の作曲家の感傷的なものも感じられるのです」。この深遠なる作品でクレロンを演じるにあたり、どんな役作りをしているのか?「クレロンは仕事も私生活も線を引かずに女優の感性で生きている女性ですが、私は全く逆。仕事が終わるとお母さんの顔になってしまうので、想像力を駆使していつでも女優のままでいるように(笑)」。数多の名演技を披露している傍ら、中学生のお子さんを持ち、仕事と家庭をきちんと両立させている。「子育てと仕事の両立は実際大変だけれども、これはどの職業でも同じこと。子供は宝ですから悩んでいる若い歌手たちを応援したいです」。才能に奢らず日々努力を重ねている彼女に一番の健康法を尋ねると、「たっぷり寝ること。1日8時間は睡眠をとるようにしています。あとメンタル面から歌へ影響がでないよう、ある程度《鈍感》になること。私にとって歌はライフワーク! なるべく長く歌い続けていきたいです」。

加納悦子〈メゾ・ソプラノ〉
KANOH,Etsuko

◎ドイツ・ケルン市歌劇場でキャリアをスタート後、ルネ・ヤコブスとのバロックオペラやザルツブルク音楽祭、ゲルギエフ・フェスティバルなど、欧州各地のオペラ公演やコンサートで活躍。日本でもN響マーラー「大地の歌」ソロ、都響ベルリオーズ「夏の夜」などで音楽性を高く評価される。日生劇場開場40周年記念/二期会共催『ルル』では主要3役をこなし、新国立劇場『ホフマン物語』ニクラウス、08年びわ湖ホール・神奈川県民ホール『ばらの騎士』(A.ホモキ演出)オクタヴィアンと、いずれも研ぎ澄まされた表現力、演技で好評を得ている。これまでにC.デュトワ、H.ブロムシュテット、G.アルブレヒト等、著名指揮者と共演、常に音楽を内面まで掘り下げた演奏で聴衆を魅了している。二期会会員。



絶妙なニュアンスも伝わるオリヴィエを熱演したい
[詩人 オリヴィエ]石崎秀和

人的にR・シュトラウスの大ファン。1年前ウィーンで『カプリッチョ』を観たのですが、いつか出演したいと思っていた矢先に役を頂いたので、本当にうれしくて」と喜びを隠せない石崎秀和さんは、日本大学芸術学部、東京藝術大学大学院修士課程・博士課程まで進み、博士号を取得したエリート。それだけに当初から歌の道を志していたと思いきや、目指していたのは違う職業だった。「4歳からピアノを習っていた影響で、ピアノや作曲家など鍵盤に携る仕事をしたくて先生に相談したら、歌はどう?と勧められまして。歌という人生も面白いかなと、決めてしまいました」。準備期間はわずか1年ではあったが、日本大学芸術学部音楽学科声楽科コースに見事合格。晴れて入学したものの、どんな声楽家になろうか五里霧中だった。そんなある日、運命を変える人物を知る。名バリトンとして名を轟かせたドイツのへルマン・プライだ。「ドイツリートにのめり込みました。留学先のウィーンではコンサートの料金が安く、オペラも立ち見は2ユーロで観られるんです。時間があればオペラやコンサート、今まであまり聴かなかったオーケストラも積極的に鑑賞しました」。さらに力を試すため、コンクールにもチャレンジ。2000年イタリア、フィナーレ・リーグレ市の国際コンクール、2001年オーストリアの国際夏期アカデミーコンクール第一位をはじめ、数多のコンクールで賞を獲得した。2年半の留学を経て日本へ帰国。ドイツリート以外はどうか?と悩み、当時師事していた多田羅迪夫先生に相談したことで、さらなる人生の転機を迎える。「二期会の試験を受けたら?と言われ、自分なりに勉強はしていましたが、オペラの経験は少なく多少迷いました」。試験を受け合格したが、いちから演技の勉強。だが努力し役をこなしていく内にハイ・バリトンとして頭角を現し、オペラで初の大役を射止めた。「カヴァーキャストはつとめたことがありますが、今回がまさにデビュー。オリヴィエは台詞で攻めていく役柄だけに、ドイツのお客さんが聞いてクスッと笑ってくれる位、絶妙なニュアンスも伝わるようテキストを必死に練習しています。好きな作曲家の作品でスタートを飾れるなんて光栄です」。そんな彼も家に帰れば2歳の子供のパパ。「家では完全に音楽から離れるようにしています。以前は切り替えができなくて苦しんだ時期もありました。でもオフの日は完全にオフ、仕事場ではしっかりと歌に取り組むことが、自分を最高の状態に保てると分かったんです」と話す彼はいつも自然体でいることを大切にしているという。「流れに逆らわず受け入れていった方がいいなと、最近つくづく実感しています」。12月にはバッハのクリスマスオラトリオに出演予定。『カプリッチョ』での大役の経験により、一層艶を帯びた石崎さんに出会えるに違いない。

石崎秀和〈バリトン〉
ISHIZAKI,Hidekazu

◎日本大学芸術学部を経て、東京藝術大学大学院修士課程(独唱専攻)及び博士後期課程修了。2005年博士号(音楽)を取得。ウィーン国立音楽大学リート・オラトリオ科修了。平成20年度文化庁派遣芸術家在外研修員としてウィーンに留学。第11回日本モーツァルトコンクール第3位ほか、国内外のコンクールで入賞多数。オペラでは新国立劇場『サロメ』、びわ湖ホール『シチリア島の夕べの祈り』『十字軍のロンバルディア人』、東京室内歌劇場『インテルメッツォ』等に出演。モーツァルト「ヴェスペレ」、ベートーヴェン「第九」、モーツァルト「レクイエム」、フォーレ「レクイエム」のソリストを務め、伸びやかな高音をもつハイ・バリトンとして、今後の活躍が期待されている。二期会会員。