TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

ENGLISH

オペラを楽しむ

『ワルキューレ』を楽しむ
キャストインタビュー


神か? 人間か? 宇宙的な音楽の中に垣間見える人間性。
ふたりの魅力的なブリュンヒルデにお話を伺った。

文・鈴木隆弘 写真・広瀬克昭


現実離れした神聖
ワーグナーは宇宙的な壮大さ
[ブリュンヒルデ]横山恵子

15
年間のヨーロッパ生活を経て、2007年4月から日本に住居を移した横山恵子さん。渡欧のきっかけは日本で受けた公開レッスン。
「公開レッスンの数日前に急に受けることになったんですが、その時に、なんか魔法にかかったように歌うのが楽になったんですよ。たった20分のレッスンで。この先生(ウィーン国立歌劇場宮廷歌手オリヴェラ・ミリャコヴィチ女史)にもっと習いたいなって思って、3、4年間、日本とヨーロッパを行ったり来たりしていました。ある時、“来週、コーブルクの劇場でエリザベッタ(ヴェルディ『ドン・カルロ』)の役でオーディションがあるけど来るか?”って言われたんです。その翌日にはもうドイツに飛びました。受けたら合格して、3ヶ月だけそのプロダクションに出演するつもりが、その後仕事が続いて15年になってしまったんです。それっきり住み着いてしまいました。
 4月からは母校の教師になりました。“教える”ということがほとんど初めての経験で、まだ大学の組織の中で右往左往しています。始める前は“今の学生さんは大変”と色々脅されてたんですよ。でも、みんな礼儀正しくてびっくりしています」
 2001年に初めてのワーグナー、ジークリンデ役(『ワルキューレ』)を歌われた。そして今度はブリュンヒルデ。
「(ジークリンデを歌った時)ブリュンヒルデをやってみたいなと思っていました。(自分の声に)合う役だとは思わなかったんですけど、私にとっては、役作りがジークリンデよりしやすいかな、と。それが、今度歌わせていただけることになってすごく喜んでいます。
 ジークリンデの時に飯守先生(今回の指揮者・飯守泰次郎氏)から“僕の棒に合わせないで下さい”って言われたのです。だから本当に合わせないでみたら、不思議なことにちゃんと辻褄が合うんです。合わせようとすると音が止まっちゃう、流れない。最初は少し戸惑ったんですが、自分の歌を歌っていいんだなっていう安心感もあり、解放された気がしました」
 ブリュンヒルデは人間ではない役だが。
「そういう意味で言えばジークリンデより複雑なんでしょうか。神の子ですから。でも、私は現実離れした役の方が好きですね。面白みを感じます。たとえば、宇宙人の役でもいいと思っているくらい。ただ、(『ワルキューレ』が)終わった時に、続きを見たいと思わせたい。幕切れの時に、お客様に“あ、これは『ジークフリート』を見なきゃいけない”という風に思ってもらえるように、最後の場面を魅力的に表現したいと思います」
 横山さんにとってのワーグナーとは?
「格好付けた言い方ですけど、音に宇宙を感じますね。昔から月や、オーロラなど神秘的なものに興味があるんですけど。だからワーグナーの音楽に、なにか宇宙的な壮大さを感じた時はぞくぞくしましたね」


神様だけど人間的
愛の戦士ブリュンヒルデ
[ブリュンヒルデ]桑田葉子

ゾソプラノとして歌手のキャリアをスタートさせた桑田葉子さん。デビューは『フィガロの結婚』のマルチェリーナ役。
 「メゾ(ソプラノ)といってもわりと高い方の声でしたので、自分ではドラマティック・ソプラノの役とかも好きで、勉強には入れていました。でもなぜか最初の頃の先生にいわれるまま、自分でもメゾって思い込んでいました。もちろん良い役も沢山いただきましたが、脇役が多く、そういうので勉強させていただいた期間が長かったですね」
 2001年にソプラノに転向。声種がかわるとレパートリーの違いに苦労するはずだが。
 「ソプラノの役は、個人的に勉強はやっていたので、声にはそんなに違和感がありませんでした。ただ、ソプラノは娘役が多くなるので、メゾの役とはまた違って、慣れるまでは、役作りには『あれ?』っていう感じがありましたね(笑)」
 ブリュンヒルデ役は今回が初めて。
 「ブリュンヒルデは戦士の神。でも、一人の男(ジークムント)が一途に愛を貫く姿を見て感動し、とても力ではかなわないヴォータンに楯ついてでも、女の人(ジークリンデ)を護る。愛の女神・愛の戦士というか、すごく愛情深い、懐の深い女性かな。強い愛を感じます。神様なんですけど、人間的なものを感じてしまうんですよね
 もちろん戦士ですから凛々しさを、集中力が絶えないようにして表現していきたいと思います。音域もかなり広く、自分が歌う時間も長いけど、聴いている時間も長い。つまり舞台にいる時間が長いので、立ち居振る舞いなども綿密に作っていかなければとも思います」
 桑田さんの活動のもうひとつの柱にボランティア活動がある。グループは“アラムニ音楽お届け便”。
 「高校時代の音楽仲間が集まって、病院や学校で歌って喜ばれるのがすごく嬉しくて、続けているんです。『アラムニ』とはラテン語で同窓生という意味なんですね。11〜12人で活動しています。老人ホームでは、皆さんが一緒に歌える曲を、近い距離で、時には手を取って歌うんですけど、喜ばれますよ。“からたちの花”や“この道”を歌うと涙ぐむ方もいらっしゃいます。“青い山脈”や“憧れのハワイ航路”を歌うと喜んで、手が動かない方も一生懸命動かそうとされるし。反応がピュアなので、どんな曲でも絶対気が抜けない。心を込めて歌わなくてはいけません」
 お話の間、笑顔が絶えない桑田さん。人生を楽しむコツは?
 「ものごとにこだわらないことですね。何か嫌なことがあってもあまりくよくよしません。常に前を向いてね」