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オペラを楽しむ

サン=サーンス没後100年 オペラ『サムソンとデリラ』を新春に上演

よりクラシックへの興味が増す
音楽と映像の新鮮な創造

東京二期会『蝶々夫人』『トスカ』で観客を魅了した指揮者が「レクイエム」で新境地を開く。

 ダニエーレ・ルスティオーニが指揮を手がけるヴェルディ「レクイエム」の東京二期会&東京フィルハーモニー交響楽団公演は、まるで“アマビエ”のように昨今の禍(わざわい)を取り払ってくれる力があるかもと期待してしまう。何しろ生の、しかも本物のレクイエムなのだ。

 たとえばラヴェルの「ボレロ」が日本では胃薬や美白化粧品のCM、フィギュア・スケート番組のテーマ音楽などに使われ、原曲ファンからすると「なんだかなぁ」と複雑な気分になるように、再現ドラマやバラエティ番組のおどろおどろしいシーンに使用される2トップ、オルフの「カルミナ・ブラーナ」とヴェルディの「レクイエム」“怒りの日”に関しては、筆者のようにイエローカードを突きつけたくなる人も少なくないと思う。「そんなに安易に使うな!」と。ま、それだけこの2曲が劇的効果をもたらすということなのかもしれないが、だったられっきとした時代劇にもかかわらず『忠臣蔵外伝 四谷怪談』のテーマ曲として「カルミナ・ブラーナ」を使って、一時ブームを巻き起こした深作欣二監督のような姿勢の方がずっと潔いではないか。まったくテイストが異なる同監督の『バトル・ロワイアル』では、ヴェルディの「レクイエム」“怒りの日”が強い印象を残している。もっとも、この曲は劇薬のような側面もあって、長時間画面を支配させると作品そのものを乗っ取られる危険性も。ゆえに『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』の予告編など、短い時間に画面を見ている人間の目と耳を引きつけなければならない場合のみに効果的と言えるのかもしれない。

 「レクイエム」つながりで言えば、モーツァルトの才能に憧れ、嫉妬、葛藤する作曲家、サリエリの姿を描いた『アマデウス』には作品の性質上、大手を振ってモーツァルトの「レクイエム」が流され、逆に“怒りの日”の強さや禍々しさが似合う、けれん味のある舞台作りが得意だった演出家、蜷川幸雄は、同じ「レクイエム」でもなぜかフォーレのそれを好み、松本潤を主演にすえた『あゝ、荒野』などで何回も使っている。

 ただミラノの教会でリッカルド・ムーティ指揮のヴェルディ「レクイエム」の演奏を聴き「やっぱり、この曲は凄い!」と感動した筆者だが、本稿を書くに当たって記憶に不確かなところがいくつも出てきて冷や汗をかいた。いい例がスタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』。元々同監督は大傑作『2001年 宇宙の旅』でリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」をテーマ曲に用いて、世界中の映画ファンのど肝を抜いただけではなく、シュトラウスはシュトラウスでもヨハンの方の「美しく青きドナウ」を宇宙船内の無重力の場面に使って、何人もの振付家から「映画史上最高のダンスシーン」と称賛されたほどクラシック音楽には造詣が深い。『シャイニング』が公開された時も、映画が始まった当初から、まだ何も起きていないのにベルリオーズの「幻想交響曲」の“断頭台への行進”が後に起こる惨劇を予告しているようで、さすがキューブリックと感心。事実、村上春樹原作の『ノルウェイの森』をトラン・アン・ユン監督が映画化した作品で、音楽を担当した人気バンド、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドも「最高の映画音楽は『シャイニング』」とインタビューで答えてくれたものである。『シャイニング』には“断頭台の行進”だけでなく、「幻想交響曲」の第五楽章も使用され、それがヴェルディの“怒りの日”をモチーフにしていると思い込んでいたが、元をただせば13世紀に選定されたグレゴリオ聖歌の“怒りの日”。それをクラシックの作曲家たちが各々引用していたものと知って、レクイエムというジャンルの奥深さを知った次第だ。

『バトル・ロワイアル』
発売中・各配信サービスで配信中
DVD 5,200円(税別)
発売元:東映ビデオ
販売元:東映

『シャイニング』
ダウンロード販売・デジタルレンタル中
ブルーレイ 2,619円(税込)/DVD特別版
コンチネンタル・バージョン 1,572円(税込)
発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント
©️1980 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

 というわけで、先述したTVの再現ドラマやバラエティ番組のようなつまみ食いではなく、ちゃんとヴェルディの「レクイエム」を使っている映像作品は、意外なところではクエンティン・タランティーノ監督がレオナルド・ディカプリオをアッと驚く役に起用した『ジャンゴ 繋がれざる者』なども思い出すが、タランティーノ監督は深作欣二監督を敬愛していたっけ。
 そうそう、ヴェルディにはひとつの映像作品そのものが彼へのレクイエムと言えるものがある。ベルナルド・ベルトルッチ監督の5時間を超える大作『1900年』で、1900年のパートが始まったとたん、「ジュゼッペ(ヴェルディ)が死んだ!」と人々が騒いでいるのだ。この映画、音楽担当はエンニオ・モリコーネだがヴェルディのメロディも聴こえてくる。そういえばフランシス・F・コッポラ監督の『ゴッドファーザー』の音楽はニーノ・ロータだけれど、コッポラ監督いわく「はっきり音楽を前面に出したパートⅢだけでなく、パートⅠの段階から『カヴァレリア・ルスティカーナ』の世界観を匂わせていたよ」。
 かくも音楽と映像は密接なつながりを持つ!

佐藤友紀(さとう ゆき)

ジャーナリスト。 映画や舞台、ダンスに造詣が深く、公私ともにエンタテイメントが大好き。30年以上もの間、世界各地の映画祭に通い、取材の際は監督・俳優から指名されることも多い。独自の視点で鋭く切りこむスタイルに定評がある。

ダニエーレ・ルスティオーニとも縁ある、“ヴェルディのエキスパート”と称されるリッカルド・ムーティ。シカゴ響の第10代音楽監督就任後に収録された2枚組CDは、第53回グラミー賞において二つの賞を受賞。ぜひこの名盤をチェックしてから本公演にお出かけを。「レクイエム」の魅力倍増!
リッカルド・ムーティ/ヴェルディ:レクイエム(編集部私物)

二期会スペシャル・コンサート
ヴェルディ 『レクイエム』

指揮:ダニエーレ・ルスティオーニ 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
東京オペラシティ コンサートホール
2021年8月12日(木)19:00、13日(金)19:00