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オペラを楽しむ

『イドメネオ』の魅力

みどころ、ききどころはここだ!

  • 文=室田尚子
写真提供= アン・デア・ウイーン劇場
©Werner Kmetitsch

 モーツァルトが書いたオペラの中では、『フィガロの結婚』や『ドン・ジョヴァンニ』といった人気作品に比べて、あまりなじみのない『イドメネオ』。けれどもこのオペラ、1980年代頃から再評価の機運が高まり、現在では、モーツァルトのオペラ創作史において重要な位置を占める作品といわれています。ここでは、そんな『イドメネオ』のストーリーをご紹介しながら、この作品のどこが特別なのかを探っていきましょう。

あらすじ

 舞台はトロイア戦争後のクレタ島。クレタ王イドメネオの息子イダマンテは、戦争で負けて囚われの身となっているトロイア王女イリアを密かに愛しています。クレタに逃れているアルゴスの王女エレットラもイダマンテを思っています。一方、イドメネオはクレタに戻る途中嵐にあって遭難してしまいますが、海神ネプチューンと「陸に上がって最初に出会った人物を生け贄に捧げる」という契約を交わして救われます。そんなイドメネオが上陸して初めて会ったのは、なんと息子のイダマンテでした。
 イドメネオは忠臣アルバーチェの提案により、息子をエレットラとともにアルゴスへ逃がそうとしますが、イリアがイダマンテを愛していることを知り悩みは深まるばかり。エレットラは喜び、イダマンテはイリアへの思いに心乱れます。イダマンテとエレットラが出航しようとした時、突然海がざわめき怪物が人々を襲います。イドメネオは、契約を守らないのでネプチューンが怒ったことを知ります。
 死を覚悟して怪物を退治することを決意したイダマンテはイリアと愛を確かめ合います。司祭長が登場しイドメネオに生け贄を捧げるようにうながすと、イドメネオはついに生け贄が息子であることを告白。生け贄になることを決意したイダマンテをイドメネオが刺し殺そうとしたその時、イリアは自分を身代わりにと申し出ます。イリアの献身的な愛に、海神ネプチューンは「イドメネオは王位を退き、イダマンテが王となりイリアが妻となる」という神託を下し、一同喜びのうちに幕となります。

モーツァルトが書いた〈オペラ・セリア〉

 〈オペラ・セリア〉とは、ギリシャ・ローマ神話に登場する神々や、実在の英雄などを主人公にした重厚でシリアスなオペラのこと。17世紀に初めてオペラが生まれて以来、オペラの本道はこの〈オペラ・セリア〉であると考えられてきました。けれども、18世紀後半になって、次第に、型にはまった感情を歌手が技巧たっぷりに歌い上げるばかりの〈オペラ・セリア〉よりも、もっと人間の愚かさやおかしさを活き活きと描いた喜劇〈オペラ・ブッファ〉の方に人々の関心は移っていきます。実際、モーツァルトの人気オペラは、『フィガロの結婚』にしても『ドン・ジョヴァンニ』にしてもいずれも〈オペラ・ブッファ〉に属するもの。そして、現在でも、モーツァルトのオペラの魅力はこうした作品にあると考える人は少なくないでしょう。
 しかし『イドメネオ』は、〈オペラ・セリア〉のスタイルをとりながら、登場人物すべての心のうちをていねいに細かく描き出しているのが特徴です。父親としての愛と神との契約との間で苦悩するイドメネオ。イリアの献身的な愛。エレットラの情感。『フィガロ』の登場人物がそうであるように、彼らはみな、血の通った人間としてのリアリティを持っています。人間の運命を操るのは神々である、という〈セリア〉の根本は守りながら、『イドメネオ』は、運命をも克服する人間の「愛」の素晴らしさを描いている点が、いかにもモーツァルトらしいといえます。

モーツァルト渾身の作曲

 このオペラは1780年、24歳になるモーツァルトが、バイエルン選帝侯からの依頼でミュンヘンの宮廷劇場で上演するために作曲しました。当時のミュンヘンの宮廷楽団はヨーロッパ一といわれる人気と実力を誇っており、モーツァルトはこのオーケストラの実力が存分に発揮できるような、多彩で巧みなオーケストレーションを施しました。例えば、レチタティーヴォの伴奏をオーケストラが担当する「レチタティーヴォ・アコンパニャート」の手法を使い、登場人物の感情表現をオーケストラが補強したところなどは、この一流の楽団があってこそ成功した点といえるでしょう。
 また、モーツァルトはこの作品を上演するために、実に細かく様々なところに注意を払っています。例えば、初演ではイドメネオを60代の老歌手が、イダマンテを若いカストラート(去勢歌手)が歌うため、力量に合わせてアリアを控えめにしていますし、実際に歌手を交えての稽古に入った後で劇としての緊張感を高めるために曲をカットしたこともわかっています。

聴きどころは重唱!

 〈オペラ・ブッファ〉の傑作といわれる『コジ・ファン・トゥッテ』が、アンサンブルの妙を味わうオペラであることはよく知られていますが、この『イドメネオ』にも素晴らしい重唱が登場します。第2幕、エレットラとイダマンテが出航する場面で、イダマンテ、エレットラ、イドメネオによって歌われる三重唱と、第3幕、怪物を退治する決意を語るイダマンテと彼を愛するイリア、運命の悲惨を嘆くイドメネオ、復讐心に燃えるエレットラの4人が歌う四重唱は、モーツァルトの筆が冴え渡る2曲。〈オペラ・ブッファ〉では、登場人物がそれぞれまったく別のことをしながらひとつのまとまったアンサンブルを形作るのはよく行なわれる手法ですが、それを〈オペラ・セリア〉で成し遂げたのは、モーツァルトの大きな功績といえるでしょう。
 もちろん、アリアにも名曲があります。特に、エレットラが歌う3つのアリアは、彼女の情念の深さや愛を感じさせるもので、エレットラという女性の性格が見事に描き出されており注目です。
 いかがでしょうか。いわゆる「ダ・ポンテ三部作」や『魔笛』へと繋がる「モーツァルトらしさ」が存分に発揮された『イドメネオ』。これを観なければ、モーツァルトのオペラを語ることはできないかも?!上演時間は3時間近くとやや長めですが、引き締まった構成と情感豊かなアリアや重唱、そしてドラマティックなオーケストラのおかげで、むしろあっという間に終わってしまったという感想を持たれるかもしれません。しかも今回は、視覚的効果抜群のミキエレットによる現代的演出。滅多に観ることのできない作品ですから、ぜひ劇場に足を運んで、モーツァルトがつくり出した世界を体験してみてください。



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