TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

美声を 創造 ( つく ) る時間
~成田博之の相棒とファインダー

  • 文=室田尚子
  • 写真=福水託

 成田博之さんといえば、オペラ歌手の中では知る人ぞ知るクルマ好きである。ただし、彼が愛車を颯爽とかっ飛ばしているシーンに出くわしたことのある人は、それほど多くはないかもしれない。実際、今回の取材にも彼は愛車で登場はしなかった。「クルマ好き」というと感じる派手でやんちゃなイメージからは距離があるのだ、成田さんは。その理由は、彼がクルマについて語り始めるとすぐにわかった。「クルマはもちろん移動する手段ですが、ただ移動できればいいというわけじゃない。自分とクルマだけの空間に存分に浸りきる。人生で最高にリラックスできる時間です。その時間と空間を大事にしたい。だから、自分が惚れたクルマに乗りたいんです。」
 惚れた、という単語を使うところに、成田さんのクルマへの並々ならぬ愛を感じずにはいられない。そんな成田さんのクルマ遍歴は、大学卒業後からだそうだ。それまではバイクでツーリングするのが好きだったが、普通免許を取った後は、二輪から四輪にシフトした。初めて買ったクルマは中古のゴルフ。経済的な余裕がそれほどない中で、「自分の気持ちがいちばん高ぶる相手」を選んだそう。
 クルマ好きなら、たったひとりで運転する快感を感じたことがあるだろう。誰にもジャマされない空間、後ろへ飛んで行く景色。その時お気に入りの音楽が流れていればさぞ楽しいのでは、と思うかもしれないが、成田さんは基本的に音楽はかけないそう。むしろエンジン音などに耳を澄ませながら運転するのが好きだそうだ。絶対かけないのはオペラ。オペラが流れているとたちまち仕事モードになってしまう。リラックスするにはもっとも遠いものだ。
 成田さんとクルマとの愛を物語るエピソードをひとつ。ある日、信号で止まった場所がポルシェのディーラーの前だった。何げなく「ポルシェ、いいなー」とつぶやいた成田さん。信号が青に変わり発進。次の赤信号で止まると、それっきり愛車は動かなくなってしまった。「これが欲しい」と望んで手に入れたクルマから心が離れてしまった瞬間、クルマの方でも敏感にそれを感じ取ったのだろうか。機械には魂が宿る、という考え方があるが、成田さんとクルマは心を通わせ合っているようだ。

満開に咲き乱れるコスモスの姿に、思わずカメラを構える成田さん

愛車を走らせ、自然風景を撮影に出かけた後は、カフェなどでゆったりとした時間を過ごすことも。

 愛車のことを「いい相棒」と語る成田さんには、もうひとつ、なくてはならない相棒がいる。それがカメラだ。成田さんのブログには、自身で撮った写真がたくさん掲載されているが、その玄人はだしの腕前に驚いている人も多いのではないか。彼が特に好きなのが、花の写真を撮ることだという。薔薇の写真を何枚か見せてもらった。何だろうこれは…普通の写真と何かが違う。清楚というか、透明感というか、まるで薔薇がこちらに何か語りかけてきているような…。
 「花1本1本に『個』があるんです。その『個』をみつけてあげて、それをどうやって引き出してあげるか、を考えるのがすごく面白い。その花のここがキレイだから撮ってあげよう、って思いながらシャッターを切ります。もしかすると、花の方も『ここを撮って』って言っているのかもしれない。」
 なるほど、この写真は薔薇からの成田さんへの告白なのだ。さすが伊達男役の似合うバリトン歌手、花さえも魅了してしまう。
 花だけではなく、風景や人間を撮った写真にも同じ感性が宿っている。今しか出会えない風景、その瞬間にしかみせない顔。写真とは、無駄なものを切り取って光り輝くものを選び出す作業だ。それはオペラの舞台にも活かされている。舞台という大きなフレームの中で、自分がどう動くべきなのか、どうみせればいちばん効果的か、そんなことを考えられるようになったのは、小さい頃からファインダーをのぞくのが好きだったおかげだ、と成田さんはいう。オペラ歌手成田博之が自分というファインダーを通して切り取った「光り輝く瞬間」を、これからもずっと客席から見続けていたい。

成田博之(なりた ひろゆき) バリトン

宮城県出身。繊細な性格描写と多彩な表現力で注目のバリトン。文化庁派遣芸術家在外研修員としてイタリア・ボローニャにてパオロ・コーニ氏に師事。03年アテネ開催「国際ミトロプーロス声楽コンクール」で最高位入賞(順位なし)他、受賞多数。近年では、2003年日生劇場開場40周年記念、ベルク『ルル』(3幕版/日本初演)、サントリーホール『トスカ』(2004年)『ラ・ボエーム』(2005年)、2009年夏、佐渡裕プロデュースオペラ『カルメン』エスカミーリォ、二期会『ラ・ボエーム』マルチェッロ、『カプリッチョ』伯爵等、目覚ましい活躍である。2014年2月『ドン・カルロ』ロドリーゴが期待される。「The JADE(ザ・ジェイド)」メンバー。
公式ブログ http://hiroyukinari.cocolog-nifty.com/

フォトグラファー成田博之のPHOTO GALLERY

天体写真にもはまっているという成田さんは、昨年5月21日の金環食も、こんなにプロのように撮っていた。

移動する飛行機の中から、雲間に頭を突き出す「富士山」をパチリ。地方公演もカメラと一緒だとか。

アテネの公演の時に持って行った二眼レフは、アテネの古い街並みの雰囲気と絶妙にマッチしている。

朝露に濡れたような透明感と凛としたたたずまいの薔薇の姿。

今回の1枚
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