TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

舞台創造へ歩み出す瞬間
〜「スペイン時間」「子どもと魔法」デザイナー会議ルポ
文=横井弘海
 2011年12月某日18時二期会のスタジオ。演出の加藤、装置の増田、衣裳の太田、照明の齋藤、舞台監督の菅原、主催の東京二期会から制作部の2名が初顔合わせを行った。加藤はB5版用紙5枚に万年筆で丁寧に綴った演出メモのコピーをスタッフに配りつつ、その想いを穏やかに語りはじめた。
 今回の2作品、大人の男女の艶笑劇『スペイン時間』と、子どもと動物とモノの関係を幻想的に描く『子どもと魔法』は、鮮やかな音色にあふれるラヴェルの作曲だ。「ラヴェルの音楽っていいよなぁ。アバンギャルドだし、わかりやすい」と語る加藤は、主題のまったく異なる2作品に何か通底する世界を視覚的に明確にしたいという。各スタッフに、2作品の関係とコラボレーションを意識してほしいと、まず課題を出した。

演出:加藤 直



演出助手:上原真希(中央)

 加藤は、オペラはもちろん、シェイクスピアも大きな影響を受けたイタリアの〈コンメディア・デラルテ〉、つまり旅役者が行う即興の仮面喜劇という舞台の原点を、前半の『スペイン時間』で再現できないかとの思いがある。そこで人間の滑稽さやエロチシズムをあっけらかんと表現し、後半の『子どもと魔法』では、大人になっても永遠に持ち続けたい夢や希求をファンタジックに提示したいと話した。
 そのためのアイディアは無限だ。
「何もない舞台から始められないか」「4間(約7.3m)四方の板敷きの舞台を作り、何かで飾るのはどうか」「前半は時代や国という設定なく、文化の混在したセピア色のような光と影の舞台で、オブジェにはある種の具体性をもたせたい」「後半は20世紀初頭に舞台を設定し、色彩がポップに踊る舞台に、前半のオブジェやデフォルメされたモノや道具をひょいと裏返したり、並び変えたりして進行できないか」などなど。

装置:増田寿子



舞台監督:菅原多敢弘

 「時間的には大丈夫ですが、けっこうハードル高いですね」とつい本音を漏らした増田に、「一つの世界観を作ることは、予算的にも必須」と菅原が発言した。『子どもと魔法』の公演が少ないのは、出演者が多く、衣裳も大変なのが理由だとか……。だが、限られた予算でも、最高のものを出すのは芸術家の性だろう。
「歌い終わったらおしまいではなく、ソリストも時には合唱に加わり、全体が融合している感じを出したい」とも加藤は言った。その世界観は、衣裳ではどう表現されるのか。


衣裳:太田雅公

 太田が加藤のイメージを消化するための問いに対する答えは、「前半は古臭い古典劇でなく、太田流のある種のモダンさをもって。後半は懐かしいモダンさに持っていってほしい」。加えて、『子どもと魔法』で現われる〈夢のなかの〉中国茶碗や夜鳴き鶯、安楽椅子などは、完璧な被(かぶ)り物ではなくて、演じる歌手の顔が見えるスタイルを発明できないかと注文。さらに「大人の子どもの世界だから、ゆがんでいていい。大人の美意識がほしい」という要望に、太田が衣裳でどう応えるか、興味津々だ。

照明:齋藤茂男

  そして、照明。加藤からの第一声は、「明かりにもリアリズムってあるよな?」「はい」と、齋藤は静かにうなずいた。
 加藤のアイディアはこうだ。
「前半はモノトーン、素朴な明かりで光と影を作る。後半は、明かりがパーッと出てきて、20世紀になるとこうなるみたいなイメージ。家具や道具・オブジェのなかから〈うつし絵〉のような幻燈による影絵が時に現われ、別の光と影と色彩世界を想像させたい。ラストシーンは一挙に色を失って現実世界に戻りたい。あるいは、〈母〉をデフォルメして、つまり、現実こそ非現実であることを見せられるかどうか……」。加藤の質問の意図はここにあったようだ。齋藤はどう照らすだろう。

 さて、終始なごやかな会合だったが、個性豊かな芸術家の集まりのこと。喧々諤々する瞬間もあった。
「お客様は汚いものは見たくない。美しいものを好む傾向があります」と制作部が発した瞬間だ。オペラといえば金髪のかつらと豪華な衣裳が目に浮かぶ筆者は、発言にきわめて納得だったが、「それは大反対。オペラは絵的に作ってあげないといけないのはわかるけれど」とすかさず加藤が述べ、齋藤は「下手な演出だから、豪華絢爛な衣裳に目が行く」と辛らつ。
 しかし、「〈下手な演出〉と言われるとドキッとくるけれど(笑)、まず人間がいて、そして、美しいということを別の視点から求めてみたい」と、加藤は張りつめた空気を暖かく包みこんだ。
「出演者を生き生きとさせる」。それを演出家が引き受けると加藤。そのためにはスタッフが絞った知恵を、出演者が面白がって一緒に考えて作っていかないと良い舞台にならない。だからオペラには珍しく、出演者が歌だけでなく、からだも動かすワークショップが行われる予定だ。
 演出陣はそれぞれ、この2つのオペラを〈何〉をもって一つの世界につなげてくるだろう。 師走の町に笑顔で消えていった皆さんの顔を見て、本番への期待が一段と高まった。(文中敬称略)

横井弘海(よこい ひろみ)
ジャーナリスト。テレビ東京アナウンサーを経てフリー。テレビ番組と雑誌「世界週報」(時事通信社) で120カ国を超える駐日大使や政府要人を取材。主な著書に「大使夫人」(朝日選書)。「オペラはイタリア人の血」と語るイタリア大使の言葉に感化され、歌曲を習いはじめて早10年。オペラ鑑賞は大好きだ。


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  『子どもと魔法』公演詳細