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オペラを楽しむ

現代演劇の気鋭・白井晃
人間描写のリアリティを追求


文・室田尚子 写真・広瀬克昭

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2010年2月に、東京二期会が満を持して放つヴェルディの『オテロ』。発表されたキャストの顔ぶれを見ても、ベテランから若手まで、多彩な才能が顔を並べており、二期会のこの公演に対する意気込みを感じることができる。そして、この『オテロ』の演出を手がけるのが、現代演劇界きっての気鋭の演出家、白井晃。読者の皆様の中には、テレビドラマや舞台で俳優として活躍する、どことなくシニカルかつユーモラスな彼の演技をご存知の方も多いと思う。今回は演出家・白井晃に、『オテロ』について、そしてオペラを演出することについての意気込みやヴィジョンを語ってもらった。

 そもそも、なぜ『オテロ』の演出を手がけようと思ったのだろうか。
 「以前から、二期会からオペラの演出を、というお話はいただいていたのですが、なかなか機会がありませんでした。一方で、音楽劇という形で『ファウスト』や『ファルスタッフ』、そして『ルル』などを演出したことがあって、偶然にもすべて、オペラにもなっている題材でした。それらの演出を通して、オペラをやるなら、人間ドラマの劇的なものをという希望は持つようになり、今回、その希望が『オテロ』という作品でかなえられることになったわけです。事の重大さは、稽古が始まったらわかると思いますが(笑)」
 白井さんは、2006年に、神奈川県民ホールの委嘱による一柳慧作曲のオペラ『愛の白夜』を演出している(今年再演も行われた)。その時白井さんがとった演出法とはどんなものだったのだろうか。
 「舞台パフォーマンスとしてとらえた時に、オペラという世界は、視覚的な面からもっと色々なやり方があるな、と思っていました。しかし実際に演出をすることになって、もっとも強く主張したのは、人間描写のリアリティです」
 稽古の現場で、白井さんは歌手に向かってこう言ったことがある。という──「みなさんが歌がお上手なのはわかっています。僕はそれが聴きたいわけじゃない」。百戦錬磨の歌手陣も、さぞ面食らったことだろうと想像するが、白井さんが言いたいのはつまりこういうことだ。「少々声が割れようが、テンポがずれようが、その人間がなぜその音を選んで声を出さなければならないのか、というリアリティが欲しかったのです。歌う瞬間にいきなり前を向いてきれいな声をだされても、そこには何のリアリティもありません」
 演出重視の最近のオペラ界では少なくなっているとはいえ、まだまだ、重要なアリアの箇所で歌手が「どうだ」とばかりに声を張り上げるようなスタイルが生き残っているのが、オペラの現場である。白井さんはそこに、演劇の世界で培った「リアリティ」──生身の人間が何かを感じ、考え、苦しみ、行動することから生まれる生の人間ドラマを要求したのだ。
 「例えば、『私は本国の使命を受けている』という歌詞を、セリフとして言ってもらう。そうすれば、使命を受けている、というところで気持ちが入って体がググッと一歩前へ出て来るはず。それは歌になっても同じなんです。一つの音、一つの言葉に対して、自分の身体がどうあるべきなのか、それを考えるところにリアリティが生まれるんです」
 また白井さんは、合唱に対してもソリストと同じ(いや、それ以上の)リアリティを要求するために、合唱団一人一人にキャラクターをあて、そこに表には現れない影のストーリーを作ったという。演出家・白井晃の細部まで徹底的にこだわりぬく性格が垣間見えるエピソードだ。しかし、それにしても、彼に与えられた『オテロ』という題材は、とてつもなく大きな山ではないだろうか。
 「よくぞまあ、私に『オテロ』を与えてくださいました、と申し上げたいですね(笑)。だって、『オテロ』ほど小さな話はないでしょう? 人間はくだらない愚かなことで、嫉妬したり疑ったり被害妄想に陥ったりする、という、まさに人間の人間らしいところを描いた作品です。そんなオペラをよくぞ私に与えてくださいました、という感じです」
 人間ドラマを描くことを演出の主眼におく、という白井さんにうってつけのオペラ、というわけだ。では、現時点で決まっている演出プランはどのようなものなのだろうか。
 「装置は、ほとんど何も作らないつもりです。できれば空舞台でやりたいぐらいですが(笑)、極限までシンプルにした装置の中にポンと人間が放り込まれている、というイメージです。歌手の負担は大きいでしょうが、人間のドラマはより描く事ができると思います」

 また、『オテロ』における人種の問題、ヴェネツィアとキプロスといった場所、時代、そしてキリスト教徒イスラム教の対峙といった問題はあまり強調しないつもりだという。それらをあえて曖昧にすることによって「人間の欲望、執着、そこから起こる悲劇というものを描ければいい」という考えである。
 かなり斬新な舞台になりそうですね、というこちらの問いかけに対して、白井さんはこう答えてくれた。
 「斬新さを出したいと思って斬新なことをやる、ということはやりたくないんです。何が目的か、ということを考えた時に、なすべき極端な方法を選ぶことはあるかもしれませんが。人間ドラマをみせたい、と考えた時に、場所についてのこだわりがない方がよりドラマがみえるのではないか、ということです」
 なるほど、目指すものは、あくまでも濃密でリアリティのある人間ドラマ、なのである。しかし、「だからといって」と白井さんは続ける。
 「歌手にムリは要求しないつもりです。ヴァイオリニストの楽器がヴァイオリンであるように、歌手にとって体が楽器である以上、その楽器を鳴らしにくい状態に追い込むのはよくない。歌手の表現の邪魔をしてまでも演出が立ってしまうのは本末転倒だと思っています」
 実は中学生まではピアノを習っていて、コンクールにも出場したことがある、というとっておきの秘話を明かしてくれた白井さん。その言葉からは、音楽と音楽家に対する深い敬意を感じることができる。最後に、白井さんからの素晴らしいメッセージをご紹介してこの記事を閉じよう。
 「日本のオペラをより豊かな世界にするために、二期会の歌手の皆さんと一緒に、オペラにおける表現方法をさらに進化させて、新たな扉を開くことができたら、と思っています」
白井晃(しらい・あきら)
◎演出家・俳優。大阪府出身。早稲田大学卒。’83〜’02年まで遊機械/全自動シアターを主宰。独自の美学による演出で評価を受け、’01、’02年に読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。現在は演出家として作品を発表する一方、俳優としても舞台・映像で活躍中。