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オペラを楽しむ

『神秘的で透明感ある音色「本物の歌声」が心を揺さぶる -The JADE
文・室田尚子(シティベル・プロデューサー)
写真(左)バリトン黒田博、
(右)バリトン成田博之

 この四月十五日、クラシック界を揺るがす一枚のCDがリリースされた。『手紙』と題するそのアルバムにおさめられているのは、SMAP「夜空ノムコウ」、中島みゆき「悪女」、山口百恵「秋桜(コスモス)など、誰もが知っている日本のヒット・ポップス。歌っているのはThe JADE(ザ・ジェイド)。メンバーの名前をみれば、オペラファンなら誰もがびっくりするにちがいない。黒田博(バリトン)、成田博之(バリトン)、樋口達哉(テノール)、高野二郎(テノール)という二期会が誇るトップ歌手たちが、そこに名を連ねているからだ。これまでも、クラシックの演奏家がジャズやポップスに挑戦するという試みはなされてきたが、日本のオペラの舞台で、ほとんど常にタイトルロールやそれに準ずる役を歌い続けて来た、名実共に認めるトップ歌手が、それも四人も集まったユニットというのは前代未聞のことだ。まさに、日本のクラシック界にとっていい意味で「あり得ない」ユニット、それがThe JADEだといえる。

 

 アルバムリリースに続き、横浜と東京でのデビュー・コンサートと息つく暇もない日々を送っているThe JADEメンバーのうち、今回話を聞いたのは黒田博と成田博之のバリトン二人。オペラ公演を抱えながらのThe JADEの活動を「忙しいけれど、歌っている時間がとても楽しい」と黒田が言えば、成田は「お互いのキャラクターを尊重し合い、一緒にひとつのものを作り上げている仲間、という感覚が男子校に似ている」と語る。二人とも、このThe JADEというユニットを心からエンジョイしているのがよく伝わって来る、たいへん和やかな雰囲気の中インタビューは進んだ。

 

 The JADEは、「シティベル」という二期会の新しい企画から生まれたユニットだ。「シティベル」は、八十〜九十年代にヒットした曲を中心にした日本のポップスを、本物の歌唱力をもつ男性オペラ歌手が歌い上げる「新しい音楽ジャンル」として三年ほど前に立ち上げられた。「シティベル」というネーミングには、「めまぐるしく動く 都市 シティ で生活する人たちの心をふるわすベルとなりたい」という思いがこめられている。そもそも二人がこの企画に参加してみようと思った動機は何だったのだろうか。

 

  「新しいものに挑戦することで、そこからまた新しい波が生まれれば面白い、と思って。僕ら四人がこうしてThe JADEとして世の中に出ることで、クラシックを聴いてみようという新しいお客さんが一人でも増えれば、という期待があります。」(黒田)

 

 「僕はもともと、メロディのはっきりしている歌が好きだったんです。そこに美しいメロディがあって、感動を与える歌詞があれば、それを歌いたいという素直な気持ちから、シティベルに参加してみようと思いました。」(成田)

 

 黒田も成田も、日本のポップスを歌ったのは初めてだというが、共通しているのは「歌」への熱い思いだ。「いいなあ、と思う音楽にジャンルの区別はない。」という成田は、J-POPという新しいジャンルの歌を歌うことで「歌うことの本来の意味に気づかされた」と語る。誰もが知っていて、そして聴く人それぞれがその歌に特別な思い出を持っているJ-POPだからこそ、「歌」の世界が聴く人の心に直接伝わっていく。歌い手として、「歌う」という行為のもつ素晴らしい力を改めて思い知らされたのだという。

 

 だがもちろん、オペラ歌手がポップスを歌うことの苦労もある。そもそもポップスは、曲とそれを歌う歌手が分ちがたく結びついているジャンルだ。それは、クラシックの曲が作曲家と結びついているのとは対照的。つまり、聴き手にとっては、例えば「PRIDE」といえば「今井美樹の曲」というイメージが強い。そういうポップスを歌う場合、元の歌手のイメージを追いかけている限り、それはただの「モノマネ」になってしまい、決して原曲を越える世界を描き出すことはできない。成田は、原曲のイメージを意識せず、いかに自分の持っているやり方、自分の持っている声を生かした歌い方で表現するかについて苦心したと語る。そのためには「原曲はできるだけ聴きませんでした。楽譜をみて、そこから何を感じるかという自分の感性を大事にしました」。楽譜をすべての基本におくというのは、クラシック音楽の原則である。たとえ歌うのがポップスであっても、音楽に対する姿勢はあくまでもクラシックである、というオペラ歌手としてのぶれない軸を感じることができる発言だ。

 

 黒田も、原曲は聴かなかったという。自分の声、自分の表現で曲と対峙するという基本姿勢は決して崩さなかった。だが、ポップスというのは特定の歌手のために書かれた、いわゆる「あて書き」が多く、そういう 曲だと必ずしも自分の音域に合わなかったり、というテクニック的な困難も生まれる。「そこを、声楽家として何十年も歌って来た間に蓄積されたものでどう処理するか、というところが難しかったし、また腕の見せ所でもありました」と話す。「大体僕は、クラシックのコンサートなんかでも色々遊びたいタイプなんです(笑)」という黒田は、ホール・トーンによって響きを変えたり、という「遊び」をするそうだが、そうした声楽家としての細かいテクニックが、The JADEでどう活かされているのかも楽しみのひとつである。

 

 The JADEの四人は、本業のオペラ歌手としての活動も多忙を極めている。例えば成田博之は、この六月と七月に佐渡裕指揮による『カルメン』で闘牛士エスカミーリョを歌うし、樋口達哉は十月に『蝶々夫人』でピンカートンが決まっている。今日はマイクを握って「夜空ノムコウ」を歌ったかと思えば、明日は大ホールで「闘牛士の歌」。その切り替えはかなり大変なのでは?と、心配半分、意地悪半分の質問をぶつけてみたら、成田は涼しい顔でこう答えてくれた。「クラシックだろうとポップスだろうと、曲にはそれぞれ描かれた世界がある。その世界を表現する、という点では同じですよ。」なるほど。音楽に対するこのかろやかな姿勢があるからこそ、オペラにもThe JADEにもファンが詰めかけるのだろう。

 

 さて、アルバム『手紙』には、J-POPだけでなくオリジナル曲も二曲おさめられている。ひとつがタイトル・チューンでもある「手紙」で、もう一曲が「みんなのものだよ」。いずれも、V6や渡辺美里などに楽曲提供をしていることでも知られる気鋭のシンガーソングライター近藤薫の作詞・作曲によるものだ。遠く離れたところにいる家族、恋人など、自分の大切な人に思いを寄せる「手紙」は、アルバムリリース前から着うたが先行配信、またTBS系『德光和夫の感動再会〝逢いたい〞』のエンディングにもなるなど話題の曲。そして「みんなのものだよ」はコンサートで取り上げながらじわじわと人気が上がって来て、「最近では合唱曲にしてほしい、というリクエストもよくもらっています」(黒田)とのこと。二人とも、このオリジナル曲を一人でも多くの人に歌ってもらいたい、という希望を語ってくれた。ポップスとして生まれたThe JADEの「手紙」が、やがては時と世代を超える「クラシック」になる。オペラ歌手として、いや音楽に携わる人間としてこれほど素晴らしいことはないだろう。また、小椋佳(作詞)、筒美京平(作曲)という歌謡界の大御所もThe JADEに注目し、The JADEのために曲を書き下ろしている、という情報も伝わっている。新しいThe JADEの歌声に会える日が今から待ち遠しい。

 

 The JADEとは「東洋の神秘」といわれる宝石、 翡翠 ひすい のこと。オペラの舞台でも翡翠のように透明感のある歌声を披露している四人が、The JADEとして結集した時、どれほどの神秘的な力を発揮するか。次はあなたが、その耳で、目で、直接体験する番だ。


The JADEデビュー・アルバム『手紙』
〈収録曲〉
1.手紙(オリジナル/作詞・作曲 近藤薫)歌唱:全員
2.祈り〜You Raise Me Up日本語ヴァージョン〜 歌唱:全員
3.夜空ノムコウ 歌唱:全員
4.悪女 ソロ:高野二郎
5.PRIDE ソロ:成田博之
6.初恋 ソロ:樋口達哉
7.秋桜(コスモス) ソロ:黒田博
8.赤いスイートピー ソロ:高野二郎
9.喝采 ソロ:成田博之
10.One more time, One more chance ソロ:高野二郎
11.みんなのものだよ
(オリジナル/作詞・作曲 近藤薫)歌唱:全員
12.千の風になって 歌唱:全員
2009年4月15日リリース 2,500円 TOCE-56180
EMI ミュージック・ジャパン http://emij.jp/jade
7月末まで「手紙」アカペラ付スペシャル・バージョンの「着うたフル(R)」を100円(税抜)で配信中

The JADE コンサート2009 〜逢いたいよ〜
日時:8月29日(土) 開場17:00/開演17:30
会場:よみうりホール(東京・有楽町駅前)
全席指定:5000円(税込)
※未就学児童のご入場はご遠慮願います。
一般発売日:2009年6月6日(土)〜
・チケットぴあ TEL 0570-02-9999(Pコード:322-698)
・ローソンチケット TEL 0570-084-003(Lコード:35740)
・CNプレイガイド TEL 0570-08-9999
・e+(イープラス)http://eplus.jp
・JCBチケット(JCBカード会員のみ)
・チケットウェブ http://123654789.com/
※お問い合わせ:スーパーキャスト
TEL 03-5573-2299(平日10:00〜18:00)

黒田博 (くろだひろし)
◎“スタイリッシュで優雅な魅力あふれるカヴァリエ・バリトン”京都府出身。京都市立芸術大学卒業。東京芸術大学大学院オペラ科修了。1989年より2年間イタリアへ留学。平成15年度京都市芸術新人賞受賞。6月新国立劇場『修禅寺物語』出演予定。
趣味:ドライブ、スキー、ハーブ栽培

成田博之 (なりたひろゆき)
◎“繊細で端正な歌声と豊かな表現力の、多彩なバリトン”宮城県出身。国立音楽大学声楽学科卒業。同大学院オペラコース修了。二期会オペラスタジオ修了、文化庁オペラ研修所修了。ボローニャに留学。国際ミトロプーロス声楽コンクール(アテネ)最高位入賞。
趣味:写真撮影、家電リサーチ