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オペラを楽しむ

私とオペラ
柄本 明

1994年にカルロス・クライバー旋風を巻き起こしたウィーン国立歌劇場の来日を覚えています。『ばらの騎士』が観たかったんですが、どうしてもチケットが手に入らなくて。同時に来日していたクラウディオ・アバド指揮の『ボリス・ゴドゥノフ』を、上野の東京文化会館で観たのが、ある意味本当の“初めてのオペラ感動体験”でした。地味といえば地味な芝居ですよね。聖愚者が登場して、運命を予言して歌うソロに、すごくハマってしまったんですね。アバドがものすごくよかったので音楽ももちろんですが、「エレファント・マン」みたいな格好をして歌う聖愚者がきれいで、涙がこぼれそうでした。

以前「世界ウルルン滞在記」という番組があったんですが、たまたまそこのプロデューサーに、「オペラなんか観に行くような番組に出してくれない?」っていってみたら「海外へ行く番組がありますよ」って。まだ番組が始まったばかりの頃だったのかな。「なにやりたいですか?」っていうから、「オペラ観たい」って答えて、ナポリへ行くことになったんです。向こうへ行けばオペラも観られるんじゃないかというノリに、まんまと乗せられて(笑)。

ところが現地へ行ってみたら、オフシーズンでオペラはかかってないし、番組コンセプトとしてなにか体験しなきゃいけないということで、僕が先生についてカンツォーネを歌うことになったんですが、その先生が厳しくて厳しくて…普段はすごくよい人なんですけどね、歌の稽古は非常に厳しいわけです。予習としてパヴァロッティを聴いて行ったんですけど、そうやって歌おうとすると「ちがう、そうじゃない」って。ようするに、上手下手ではなく、ちゃんと歌えっていうんです。僕もこんな仕事していますからわかるんですけど、頭でわかってもできないわけ。それに加えて番組としてクイズなんかも出さなきゃいけないし忙しくてね。オペラは観られないし、大変な思いをしました。でもまだ覚えてますよ、カンツォーネ(笑)。

他にも、芝居で海外を回ったときに、ロシアのサンクトペテルブルグでは、できるだけ正装をしてマリインスキー・オペラを観たり、モスクワでは『罪と罰』のオペラを観ました。ローマの教会やキシニョフ(モルドバ共和国の首都)では『カルメン』を観たこともあります。ゲヴァントハウスで聴いた弦楽四重奏は、今でも忘れられません。

シェイクスピアの『夏の夜の夢』は、少しオペレッタ風にアレンジして、もう15年くらい上演しています。次にうちの劇団でやってみたいのは、やはり楽しい『こうもり』でしょうか。歌が下手でもそれはそれで芝居としては面白いかなと思うので。芝居とオペレッタは近いものがあると感じます。実は本当にやってみたいのは、映画監督と指揮者なんです。ひとふりで「だん!」と音が鳴るって、ものすごいことだと思いますね。

柄本 明(えのもと あきら)

俳優。東京出身。劇団「東京乾電池」を結成し、座長を務める。1998年「カンゾー先生」にて第22回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。以降、映画賞をさまざま受賞する。映画のみならず、舞台やテレビドラマにも多数出演し、2011年には紫綬褒章を受章した。2015年には第41回放送文化基金賞 番組部門 『演技賞』受賞。