TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

私とオペラ
石田純一

 初めて本場ミラノ・スカラ座でオペラを観たのは、まだ20代の後半でした。その後、何度も訪ね、僕にとってのヨーロッパの原風景となっています。ヨーロッパ、とりわけイタリアの人々にとってオペラは、「夢」であり「生活」でもあるのが興味深かったです。芸術鑑賞の場でも社交場でもある訳ですが、スカラ座ではガレリア席と呼ばれるロッジョーネ(天井桟敷)が設けられており、庶民の熱狂と賞賛、批判の洗礼を間近で見られることがとても愉快でした。そして上演後、コートの襟を立てながら一人で歩いたミラノの街自体が、壮大な劇中大道具(セット)のように感じられたものです。その街並みは、あくまでも静かで(深夜だった為)音が響きわたることはなかったけれども、圧倒的な歴史の前では人は謙虚になってしまうものだと自覚させられました。
 この年、イタリアがW杯サッカー・スペイン大会に優勝し、その決勝のサンチャゴ・ベルナベウでおこなわれた西ドイツ戦に勝った瞬間号泣したことで、イタリアとの因縁をより深く感じました。こうして「歌劇」や「サッカー」に魅せられ、その後「衣服」も「食」も「車」も大のイタリア好きになっていく過程で、この1982年僕自身もう一つ重要な出来事が重なります。ハリウッドでNBCのテレビシリーズを撮影します。日本ではTBSが3日連続で放送した合計6時間の番組のタイトルは、「マルコ・ポーロ」。この80億円もの巨費をつぎ込んだ大作のクルー(撮影隊)がほぼ全員、イタリア人だったのです。彼らは総じて教養があり、オシャレで陽気。人生を楽しみ、人に愛され、常に真剣でした。僕は彼らを通して真の知性とは、人をなごませる為にあると学び、真の教養とは、人を理解し尊重し、ひいては許すことだと教えられました。ロケ地の中国ではあまり上等とは言えない布切れで室内の壁面を見事に飾り、北京遊戯商店で8千円で買った何の変哲もないカシミアのセーターを白シャツとのさりげない上品コーデでまとめあげてしまうイタリア人のセンスに、ただただ感心するばかりでした。食事はケータリング、持ち込みのワインにチーズを合わせ、夜中はデミタスカップにホットチョコかエスプレッソとまさにカルチャーショックでした。製作のビンチェンツォ・ラベラとフランコ・ゼフィレッリ監督のコンビは、オリビア・ハッセー主演の「ロミオとジュリエット」やブルック・シールズ主演の「エンドレス・ラブ」等で有名ですが、彼らが夕食後、政治や建築等を重低音で語りながらグラッパを痛飲している姿には憧れました。途中ゼフィレッリは何故か降板し、ジュリアーノ・モンタルドが演出を担当しましたが、アカデミー撮影賞を獲ったことのあるパスカリーノ・デ・サンティスの画(え)が秀逸でした。
 そのゼフィレッリも今はオペラの演出で巨匠となって、NYのメトで活躍していますが、先年30年ぶりに再会し旧交を温めました。大群衆を巧みに使った歌劇は迫力もあり、詩的でもあり心に本当にしみ入りました。

石田純一(いしだ じゅんいち)

1954年生まれ。1988年、ドラマ「抱きしめたい!」(フジテレビ)などでブレイク。“トレンディ俳優”の代表格として以後、「想い出にかわるまで」(TBS)など、数多くのドラマに出演する。現在は、俳優のほか、司会やキャスター、バラエティ番組出演など幅広く活躍。知性とユーモアの絶妙なバランスが、唯一無二のキャラクターとして、幅広い年代に受け入れられている。