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オペラを楽しむ

私とオペラ
神津カンナ

 私がニューヨークの大学に留学していたのは、1977年からの3年間だったから、もう30数年前ということになる。
 カレッジで演劇を学ぶ学生の身には、ニューヨークの街はまさに宝石箱だった。ブロードウェイのミュージカルやストレートプレイ、オフブロードウェイでしのぎを削る演し物、ビレッジで聞くジャズ、カーネギーホールやリンカーンセンターでのクラシックコンサート、バレエ、そしてメトロポリタン歌劇場でのオペラ。一流のものが何でも存在するのだ。
 アルバイトでお小遣いを貯めては、天井桟敷のような席で、あるいは当日の空席を、半額で売り出すチケットブースで買い求めたりして、演劇三昧の日々を過ごしたが、実はオペラにはあまり興味はなく、最初の一年はオペラに足を運ぶことは一度もなかった。しかし大学二年の時、舞台装置デザインや衣装デザインを学ぶ最初の授業で、私はオペラの素養が演劇を学ぶには不可欠だと思い知らされた。
 リゴレットの第一幕、カジノの舞台。ラ・ボエームの第一幕、カルチエ・ラタンの屋根裏部屋。舞台装置のアイディアを描いてみよ。トスカとカヴァラドッシの衣装、蝶々夫人の衣装をデザインしてみよ。そのような課題が与えられるのだ。今のようにネットで簡単にあらすじや舞台装置などを調べられる時代ではなかったから、大学の図書館やニューヨーク市の図書館などで必死に調べ、想像を膨らませたが、オペラの演目に対して基本的な知識がまるでない自分に愕然とした。
 それでメトロポリタンオペラを観るようになったのだが、そこで私は、単にオペラの面白さを知っただけではなく、演劇の奥深さをも教えられたように思う。
 昔、祖母は、好きな役者が出演する歌舞伎を観に行く前日、着物や帯や帯締めなどをあれこれ迷いながら選び、当日は丁寧に髪を結い、紅をさして出かけていった。帰宅すればそれこそ何日も、プログラムを矯めつ眇めつ手にとって眺め、時には台詞回しを真似て、私に聞かせたりした。
 歌劇場にやってくる紳士淑女を眺めながら、私はそんな祖母を思い出し、演劇は観劇当日だけでなく、その前後の日にちも、装束やレストランに思いを巡らす迷いも、何もかもを含めた「旅」のようなものなのだと思った。
 パジャマ姿でお煎餅片手にDVDで、好きなオペラを観るのも良いが、時にはスーツケースを広げてゆっくり支度をし、颯爽と鑑賞の「旅」に出なければ、やはり、その醍醐味は味わえない。

神津 カンナ(こうづ かんな)

作家・エッセイスト。
「親離れするとき読む本」がベストセラーとなりデビュー。
現在では執筆活動の他、テレビ、ラジオの出演や講演を精力的に行う。また、公的機関や民間団体の審議委員なども数多く務める。
さまざまな分野をクロスオーバーさせて問題提起する、その発言や文章は、豊かな感性と冷静な視点に支えられ、幅広い層から支持されている。
主なテーマは、社会福祉関連から、20年勉強を続けているエネルギー、環境問題、家庭論、男女共同参画関連、国際協力など多岐に及ぶ。
国際協力功労者賞受賞。



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