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オペラを楽しむ

私とオペラ
「初めてのオペラ体験」
本村由紀子

 3万7500円。
 当時、学生だった私にとっては、清水の舞台から飛び降りる決意で買ったチケットだった。ドミンゴの「乾杯の歌」が生で聴けると思うとワクワクした。そしてなにより、あのニューヨークのメトロポリタン歌劇場の公演ということにも心が躍った。10歳から5年間滞在したニューヨークでは未成年だったこともあり、残念ながら本場でメトに足を踏み入れることは無かった。それが向こうの方から来てくれたのだ。行くしかないと思った。
 艶のある声の持ち主同士の共演は夢のようで、あっという間に終わってしまい「え、もう終わり?」と思ったことを覚えている。あの迫力をもっと何度も味わいたかったが、いかんせん日本でのオペラのチケット代は高く、とても学生には手が出なかった。それでも生でオペラを体感する機会を待っていた私に、社会人になってからチャンスが訪れた。ヨーロッパへ取材で出かけた時に、何とか時間を作ってウィーンのオペラ座に行くことができたのだ。
 テレビの海外取材では効率的に撮影していくために、移動→撮影→移動→撮影……を繰り返し、自由時間は全くと言っていいほど無い。実際そのロケの間、お店の開いている時間に自由に行動できたのは、わずか20分。家族用のお土産を買うのがやっとだった。ウィーンで撮影が終わりスタッフと食事をし、ディレクターにお願いして自由時間をもらった。本来ディレクターは、女性の出演者を夜に一人で行動させることはしないのだが、こちらの熱意が伝わったのだろう。快く送り出してくれた。
 宿は幸いオペラ座から歩いて数分のところで、石畳の道を急いで向かった。黄色味がかった柔らかい灯りに照らし出されたオペラ座は風格があり、幻想的だった。正面右手にあるチケットブースに行き、前から決めていた天井桟敷のチケットを買った。
 300円。
 拍子抜けする額だった。日本ではその100倍もの値段を払って必死の思いで観ていたのに。本物に触れる機会という意味において、東洋と西洋の学生の間には厳然たる格差があるのだということを思い知った。
 すでに幕は上がっていたが、階段をいくつも上り天井桟敷へ。天井はもうすぐそこで座席はなく、立って手すりにもたれながら聴いた演目は『ドン・ジョヴァンニ』。その日はかなり前衛的な演出の公演で面食らったが、歌い手の声が天井から跳ね返り、舞台からの距離を感じさせないほど素晴らしい音響だった。
 オペラがこれほど気軽に行けるものだったとは。驚きと共に再訪を誓った瞬間だった。
本村 由紀子(もとむら・ゆきこ)
◎お天気お姉さん、レポーターなどを経て、日本テレビ「NNN24」、
テレビ東京「クロージングベル」「ニュースモーニングサテライト」など報道、経済番組に出演。
知的な女性を代表する女子アナとして知名度が高い。ラジオでは、うってかわって明るいキャラクターで人気に。
5歳からピアノを始め、14歳で声楽(コロラトゥーラ・ソプラノ)に転向。
国立音楽大学声楽科卒業。クラシックの造詣も深い。


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