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オペラを楽しむ

私とオペラ
「ロンドンの野外オペラ」
髙田万由子

 3年前から生活しているロンドン。私の住む家はホーランドパークという公園のすぐそばにある。ロンドンの中心ともいえるハイドパークの10分の1くらいの小さな公園だが、サッカー場もテニスコートも子供の遊び場も、おまけに京都庭園なんていうのもある、程々なサイズの公園だ。そこの目玉が夏の野外オペラ。6月から9月までの、日の長い時期だけ公演のある野外オペラ用に通年同じ場所に舞台が組まれている。冬場は、がらんとした空の舞台が置かれているままだ。
 ロンドンの気候はちょうど札幌と同じくらいなので、夏といえども夜は冷え込む。観客はコートやひざかけを持参しての重装備だ。もともとオペラ好きの私は、渡英してから最初の6月に早速チケットを買って見に行った。モーツァルトの『魔笛』だった。娘と二人で家でのんびり夕飯を食べていたら遅くなってしまい、ぎりぎりに野外劇場に駆け込んだ。席に着くとすぐに幕が上がった。オペラを見ているというのに、野外のざわざわした雰囲気が新鮮だった。
 そして・・・・しばらくするとクエー、クエーと孔雀の鳴き声が聞こえてきた。
 そう、ホーランドパークはロンドンの公園の中でも珍しく、孔雀を飼っているのだ。半分野生化して、公園中を我が物顔で美しい孔雀が歩いている。時に道を渡って我が家の庭に遊びに来ることもある。そんな孔雀が歌手の歌声に合わせて、クエークエーと鳴くのだ。高音が響くたびにクエークエー。隣の席のおばあさんが娘に目配せをした。娘はクスッと笑い、おばあさんも笑った。自然の中で聞く歌手の美声が、心に染みた。
 終盤に差し掛かるころ、日が沈み始めた。終演を告げるかのように、空が真っ赤に染まった夕焼けから、夜の暗闇へと移って行った。鳴いていた孔雀たちも静かになり、午後7時に始まった魔笛は10時半に幕を閉じた。
 学生のころからオペラが好きで、パリの新オペラ座は私のお気に入りだった。パリでオペラだけを一週間転々としながら見続けたりもした。歌手や演出によって同じ話が幾通りにも変化するのがオペラの魅力の一つだ。数々のオペラを見てきたけれど、やっぱりこの野外劇場は忘れられない。野外だから演出にも限界がある。正直言って、学芸会の延長線上みたいな舞台装置だった。歌手が、極上の歌声を披露していたわけでもない。でも、孔雀の声が聞こえ、巣に戻る小鳥たちのさえずりが聞こえ、子供たちが家に帰る賑やかな声が聞こえる、こんな劇場で観たオペラは最高に心を満たしてくれた。舞台の完成度という以前に、幸せだった。
 毎晩のようにかすかに聞こえるオペラを、家で料理をしながら耳を澄まして楽しんだ。初めての野外オペラから3年。もう何度ホーランドパークの野外劇場に足を運んだことか。今年もその季節がやってくる。また、歌手と孔雀との競演が聞けると思うとわくわくする。
髙田万由子(たかた・まゆこ)
◎東京大学在学中、週刊朝日の表紙を飾りデビュー。
以後、テレビ、CM、舞台、映画等で活躍。
フランス語翻訳絵本「ドレミ〜わたしのバイオリン」が発売中。
1999年にヴァイオリニストの葉加瀬太郎氏と結婚、二児の母でもある。


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