TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

私とオペラ
「オペラの極意」
夏木マリ


 

 「しっ!」私のオペラデビューは前列の客に怒られるところから始まった。
自分では静かに聞いているつもりでいたのだが、私の周囲(まわり)で咳をした観客がいて、私が振り向かれて怒られた。え〜!?とも思ったが、あの時、オペラ鑑賞の極意を知った。
 あの舞台は確か…、フィガロの結婚だったと記憶しているが、演出、指揮者は覚えていない。場所はNY、メトロポリタン歌劇場、外国という雰囲気も手伝って、演奏の強弱の緊張は、そのまゝ私の緊張となった。
 あれから…、あまり数多くはないが、おもしろそうなオペラには足を運んでいる。なにしろ16世紀後半から始まっているともいえる、なが〜い、長い歴史からして、オペラは面白い生き物である。あのヴァーグナーをしていわしめた総合芸術。オペラは不思議な芸術だ。時空を越えて不変。そんな中で私は、たくさんの作品を観るというよりは、好きな作品のヴァージョン違いを探している。例えば、プッチーニの蝶々夫人、私が好きだった演出は、ロバート・ウィルソン版! 圧倒的な美術で新鮮に素敵だった。流線型に配した庭にスタイリッシュないで立ちの蝶々さんに腹は立たなかった。というのも、蝶々さんを観るたびに、日本人としては何か、少し嫌悪感というか、1人の男を待ち続ける強さが嫌味にさえ感じる時もあったが、ウィルソン版はそんなことを忘れさせてくれるくらいただ、ただ美しかった。他に彼の作品でフィリップ・グラスの浜辺のアインシュタインも異色で好きな作品だが、なんじゃこりゃ! というような気分にさせてくれるオペラが好きである。セクエンツァを残した現代作曲家ベリオは、オペラはストラヴィンスキーで終った。これからは音楽が劇を操作する音楽劇でなくてはいけないと言ったそうだが、オペラの未来にそういうムーブメントが起こるか…、楽しみでもある。
 私のようにオペラの見方を演出に絞って観るのも一興で、同じ音楽でも別もの、新しいモノに感じられるから楽しい。ビゼーのカルメンだって、元々、山の中で終幕を迎えるというストーリーが、闘牛場という劇的空問に変って語りつがれている訳で、当時はとてもアヴァンギャルドだったに違いない。
 恋の主導権を握る女、カルメン、今や草食系男子を操るカルメン的女子は世の中にたくさんいる訳で、そんな今的カルメンにストーカーなホセの登場はどうだろうか…、こんなゴタクを並べて、又、オペラファンに叱られそうだが、チャン・イモウの演出で観たい気もする。失礼!
 ラッヘンマンの電子音の現代技法、筋書きなしのマッチ売りの少女もいつか観てみたい作品だ。
 今年は何本、オペラが観れるだろうか…。
 楽しみである。

夏木マリ(なつき・まり)
◎ディレクター、プレイヤー。73年デビュー。80年代より演劇にも活動の幅を広げ数々の演劇賞を受賞。コンセプチュアルアートシアター「印象派」では身体能力を究めた芸術表現で演出にあたっている。ブルースバンド「ジビエ・ドゥ・マリ」3枚目のアルバム「One of Love」リリース。09年6月21日、One of Loveプロジェクトで途上国の支援活動が始まる。近著に「泣きっ面にマリ」