TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

オペラって…
「声こそわが喜び」
赤川次郎


 素人ながらヴァイオリンとヴィオラをひく我が娘と話をしていて、
「あれって、どんな曲だっけ」
 と言われ。
「それは確かこうじゃないか」
 と、メロディを歌ってやろうとすると、
「やめて、やめて! お父さんが歌うと、ますます分らなくなる!」
──まあ、かくのごとく歌が下手で、カラオケもやったことがない私がオペラファンなのは、やはり「自分にないものに憧れる」ということなのだろうか。
 私にとって、オペラはまず第一に「声」である。
 むろん指揮者も演出家も大切だが、まず、マイクもなしで大ホール一杯に響き渡る声を聞くだけで、「ここに到るまで、どんなに大変な修練をつんで来たんだろう」と思って、感動してしまうのだ。
 マイクをなめるように持って歌うポップスやロックしか聞いたことのない人たちには、まず「生の声」がどんなに心地よく聞こえるものか、そして声のエネルギーがじかに私たちの胸に熱く注ぎ込まれるときの喜びを、味わってもらうことだ。
 しかし、それにはごく普通の日本人にとって、オペラはいささかかけ離れた存在である。
「ちょっとためしに行ってみようか」
 と思わせるきっかけになるものがない。
 歌舞伎だって、今若い人たちがずいぶん見に行くようになったが、大部分は「音羽屋」が誰で「成田屋」が誰か知らないかもしれない。それでも、見ていればそれなりに楽しいものなのだ。
 歌舞伎にしろオペラにしろ、「何十年も見続けて来た通」だけでは、早晩続かなくなる。
 これから私たち「ベビーブーム世代」が退職してヒマになるから、オペラの新しい観客としては有望である。しかしそれも十年二十年とは続かない。
 何とかして若い世代にオペラを体験させることが大切だろう。学校行事や修学旅行に「オペラ鑑賞」が入ればすばらしい。特に主なオペラ公演が東京に集中している現状では、他の地方の若者たちが「生の声」に触れる機会はめったにないからだ。
 オペラを見ることは、「大人になる」ことであり、ふさわしいマナーを身につけることだ。来日した海外の歌手が、「日本ではどうしてこんなに若い客が多いんだ!」と驚いてくれたら。それがオペラファンとしての私の夢である。
赤川次郎(あかがわ・じろう)
◎1948年、福岡県生まれ。1976年「幽霊列車」で第15回オール讀物推理小説新人賞を受賞し、デビュー。続々とベストセラーを刊行。2006年、第9回日本ミステリー文学大賞を受賞。「三毛猫ホームズ」シリーズなど、多数の人気シリーズを持つ、日本を代表する人気作家のひとり。今年現役日本ミステリー作家で初の著書500冊目に到達した。