TOKYO niki kai OPERA FOUNDATION NEW STYLE OPERA MAGAZINE

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オペラを楽しむ

オペラって…
「困った人たち」
江川紹子


最近、あちこちのホールで「ブラボーおやじ」が増殖しているような気がする。
美しいアリアやオーケストラの演奏の最後の一音がまだ響いている時に発せられる無粋な「ブラボー」と拍手。いつだったか、『オテロ』のデズデーモナの、それはそれは切ない「柳の歌」の途中、「ブラボー」のだみ声が飛んできて、すっかり興ざめしてしまったこともあった。
悔しい! 声の主が隣にいたら、首を絞めてしまいそうだが、幸か不幸か、そういう状況には未だなっていない。
こういう「ブラボー」の発生源は、その声からして、中年以上の男性。たぶん、一番乗りが好きなのだろう。『ばらの騎士』などで、演奏が終わる前から拍手を始めてしまうのも、この手の男どもだと私はにらんでいる。でも、そんなに急いでどうするの?
歌舞伎のかけ声と同じで、タイミングというものがある。「ブラヴォー」の第一声と拍手を始める時期は、やはりオペラ通の方に任せた方がいいと思う。
一方、女性に多いのは、「飴むきおばば」と「実況中継マダム」。
のど飴などの包み紙は、オーケストラが全員でジャーンとやっている時に、すばやくむけば何の問題もない。なのに、どういうわけか音楽が静かになると、飴の紙をむき始める人がいる。それも、ゆっくり、ベリベリ音をたてて。飴を口に入れた後も、包み紙を幾重にもたたんで、さらに余計な音をたてたりしている。きっと丁寧で几帳面な方なんだろう。でも、なぜかホールでは、咳などより、飴の包み紙やビニール袋をがさごそやる音の方がずっと響くのよ。
実況中継をするのは、友達連れの中高年女性客。幕が開くや、「あらあら、たくさん人が出てきた」「ほらほら、変わった格好している人がいるよ」と、目に映る舞台上の出来事をいちいち口にする。
でも、こうしたマダムたちは、オペラが佳境に入ってくると、たいてい夢中になって静かになるので、むしろ可愛い。上演中、訳知り顔に連れの女性に解説や論評をしたがる紳士の方が、実はメーワクかも。
上演中は舞台に集中し、演奏が終わってから思い切り拍手をして、後はお酒やお茶を味わいつつ、あの歌手がよかったとか、この演出はイマイチとか、おしゃべりに興じる。
オペラはそんな風に楽しみたい。
江川紹子(えがわ・しょうこ)
◎ジャーナリスト。1958年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、神奈川新聞社入社。87年同社を退社し、以後フリーで活動。95年菊地寛賞受賞。主な著書に『学校を変えよう!』(NHK出版)『父と娘の肖像』(小学館)など多数。熊本日日新聞でコラム『江川紹子の視界良好』、音楽の友『江川紹子の部屋』等を連載。